2006年3月24日(金)「しんぶん赤旗」

“入社半年で過労自殺”

不十分な若手社員の育成

遺族 「国・企業は労災認めて」


 新調したスーツに身を包み、社会人として巣立つ季節が、もうすぐやってきます。ちょうど十年前、そうやって希望を胸に入社したに違いない若者が、わずか半年後に自ら命を絶ちました。

 川田直(すなお)さんです。当時二十四歳。大学卒業後、東京都調布市にある旧安田コンピューターサービス会社(現みずほトラストシステムズ)にシステムエンジニアとして、一九九六年四月に入社。「オンリーワンになる」と話し、希望に燃えていました。

うつ病を発症

 川田さんはコンピューターには全くの初心者でした。そんな新入社員でありながら、研修を十分受けることなく、二カ月後に第一線に配属されました。社内の“心臓部”といわれる金融オンラインシステムの連動を制御するためのプログラムをつくる部署でした。

 配属後もまともな指導はなく、困難なプログラム作成業務や課題だけが与えられました。

 独力で夜遅くまで必死にがんばっていましたが、指導不足からくる重大なミスも生じ、体調を急速に悪化させました。

 川田さんは、七月末ごろには、すでにうつ病を発症していたとみられています。食欲が減退し、両親にも「疲れた」ともらすようになり、休日は家で横になっていることが多くなりました。

 八月に入ると、目の下にくまをつくり、「キーボードをたたくカチャカチャという音が嫌いなんだよ。コンピューターの画面を見ると気持ちが悪くなる」といい、手の震えや吐き気を催すようになりました。九月二十六日、府中市内の団地で飛び降り自殺しました。

 元同僚たちはこういっています。

 「技術的に優秀な人たちのスピードで進むだけの職場です。遅れている者には目を向けない。わからない人間はもんもんと悩む日々です。川田さんは誰にも聞けず、一人悩んで、一人で解決しようとしたのではないか。新人には重すぎる試練だと思う」

成果主義浸透

 今、若手社員の人材育成のあり方が問題になっています。従来、企業は若手社員を長期的な視点に立って、じっくり育てることを人材育成の基本にしてきました。ところが、成果主義が浸透する中で、その基本が崩れてきています。

 日本経団連は二〇〇五年五月に「若手社員の育成に関する提言」を発表しました。「企業は今こそ人材育成の原点に立ち返ろう」といわざるを得ないほどその弊害が顕著になっているからです。

 「提言」によると、若手社員を育てるべき管理者が自身の仕事の成果を求められるあまり、部下の人材育成がおろそかになるという問題が生じているといいます。また、現場力の低下の原因の一つがそこにあるのではないか、と指摘しています。

先輩頼らない

 川田さんのケースにそのまま当てはまります。先輩社員は自らの業務が多忙だったため、川田さんと一緒に仕事をしながら指導する余裕はありませんでした。「できることをやっておいてくれ」と添え書きをした作業依頼メモを川田さんの机上に置いておくだけという状況でした。

 しかも、先輩社員に頼らないで仕事をすべきだという新人研修を受けていたこともあり、積極的に質問できる状況にはありませんでした。

 「自殺は業務による強いストレスが原因」。そう確信した両親が、三鷹労働基準監督署に労災請求したのは、川田さんの死から三年後の一九九九年九月のことです。

 しかし、同労基署は不支給決定しました。不服審査請求も再審査請求も棄却されました。

 母親の川田キヨ子さん(58)は〇六年二月二十日、国を相手取り、労災の遺族補償の不支給処分を取り消し、労災認定するよう求める行政訴訟を東京地裁に起こしました。

 キヨ子さんは「二度とこうしたことが起きないように国は労災を認めてほしい」と話します。

 この過労自殺訴訟は、若手社員の人材育成のあり方や成果主義の是非も問われています。


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