2006年2月16日(木)「しんぶん赤旗」

中国残留女性訴訟

国家賠償を認めず

苦難などの事実は認定

東京地裁


 戦前・戦中に中国東北部(旧満州)などに国策として移民させられ、敗戦のときに現地に置き去りにされた中国残留日本人の女性が国に総額六千万円の損害賠償を求めた裁判の判決が十五日、東京地裁(野山宏裁判長)でありました。判決は原告の請求を棄却しました。原告は、控訴する方針です。訴えていたのは東京都在住の西田瑠美子さん(72)、鈴木則子さん(77)、藤井武子さん(73)の三人。


 野山裁判長は、原告の三人が中国で難民となり、終戦後も三十年以上にわたって帰国できなかったうえ、帰国後も十分な自立支援措置を受けられず、「想像を絶する苦難の人生を歩んだ」ことを認めました。

 同裁判長は、国には、早期帰国実現と自立支援の政治的責務があり、国の施策に怠慢があったと認定。しかし、「国家賠償請求訴訟」として認めるためには「違法性のハードルは非常に高く、そこに一歩届かない」としました。

 判決は、当時の中国で「日本人が難民化する場合の危険度は、内地で戦乱が生じる場合よりもはるかに高い」と指摘しています。さらに、「原告らは集団引き揚げの情報も届かず、中国人の保護を受けるか、受けないかという運命の分岐点に立たされ未帰還者となった」とのべています。

 また、帰国後の生活保護や教育の貧困さは、「国家賠償法上も違法とすることも考えられる」と指摘しています。

 こうした原告の主張を認めながら結論として、「政策立案及び実施の当否は、基本的には行政府の裁量的判断に委ねられる」として、原告の請求を棄却しました。


■「どんな思いで生きてきたか」

■原告会見

 中国残留日本人女性の訴訟で東京地裁が請求を棄却した判決を受け、原告・弁護団が十五日午後、記者会見しました。

 原告の鈴木則子さん(77)は「私たちはどんなに苦しくとも日本人です。侵略者の国民、敗戦国の国民として中国でどんな思いで生きてきたか。理解されず本当に情けない。戦争で人生を踏みにじられ、子孫まで被害に遭いました。祖国とは何なのか? 私たちの主張が認められるまで最後の最後まで頑張っていきます」と述べました。

 原告の藤井武子さん(73)も、「残念ですか」と問い掛けられ、力なくうなずきました。

 原告代理人の石井小夜子弁護士は「事実認定はほぼ全部認められており、他の訴訟への影響も大きい」と指摘。同時に、「それだけに法の解釈で棄却になったことは残念で憤りを感じます。国は今の施策を見直してほしい」と話しました。

 ▼中国残留日本人 第二次大戦前、国策により中国東北部(旧満州)に開拓農民として数十万人以上が移住しました。一九四五年の敗戦の混乱の中、家族と死別、離散して取り残されました。当時おおむね十三歳未満だった人が「残留孤児」、それ以外は「残留婦人等」とされました。国は八一年から肉親捜しの訪日調査を始め、これまで孤児約二千五百人と女性ら約三千八百人が国費で永住帰国しました。今回判決を受けた原告三人が二○○一年十二月に提訴したのをはじめ、約二千百人が全国十六地裁と大阪高裁で係争中。言葉や生活習慣の違いから日本での生活に不自由を強いられる人が多く、帰国者世帯の六割が生活保護を受けています。


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