2006年1月15日(日)「しんぶん赤旗」

第24回党大会の討論(続報)


■供託金基金を成功させ小選挙区で勝てる党に 福岡 安広和雄代議員

 「衆議院小選挙区選挙供託金支援基金」創設の提案を大歓迎します。

 供託金支援制度の意義を考えるとき、決議案の「小選挙区でたたかう意義と展望」を三つの角度からとらえた積極的とりくみが大事だと思います。

 二十一世紀の早い時期に民主連合政府を実現することを目標とする党として、小選挙区でも勝てる党への成長をめざしてがんばる構えが基本です。

 私は衆院九州・沖縄比例ブロックの責任者として昨年の総選挙をたたかいました。九州・沖縄には三十八の小選挙区がありますが、全国でいちばん多い十選挙区で立候補できませんでした。

 立候補した二十八選挙区のうち二十一選挙区は前回比例票を上回りましたが、立てなかった十選挙区で前回を上回ったのは二選挙区でした。

 前回比例票を上回った二選挙区は、緊張感をもって、公示前の音の宣伝などの活動に今まで以上にとりくみ、公示後は比例一本でわりきってたたかい前進しています。

 しかし、選挙後の感想は「小選挙区に立候補していたらもっと前進していただろう」というのが結論です。

 早くから候補を決め日常的活動をすすめるための最大の障害の一つは三百万円の供託金です。この障害を「三つの角度」から取り除こうというのが今回の提案です。

 この提案が供託金の全額を基金で保障するのではなく、それぞれの県委員会の独自性を生かし、広く党内外からの募金でまかなうことと結合していることも重要です。

 制度が生きるかどうかは、“全国は一つ”の立場で全党がどれだけの規模で募金に応ずるかにかかっていると思います。(拍手)

■侵略戦争肯定の源流と憲法改悪阻止への展望 中央 上田耕一郎代議員

 私は、自民党政治の三つの異常と憲法擁護闘争について発言します。

 第一は、大会決議案がえぐり出している自民党政治の「三つの異常」のなかでも過去の侵略戦争を正当化する異常は、国際社会の共通認識への真っ向からの挑戦であるだけに、それがどうして生まれたのかを追求する必要があります。

 戦前、日本軍国主義の侵略戦争の犠牲者は、アジア諸国で二千万人にものぼり、第二次世界大戦全体のかなりの部分を占めています。

 この重大な歴史的事実に背を向けた侵略正当化論が登場しています。この異常は、敗戦と占領という日本の戦後史そのものがつくり出したゆがみにほかなりません。きわめて異常な国家的な対米従属ともからみあって生み出されたもので、戦後の日本では、国連憲章のもとではおよそ考えられない無責任な政治が横行しました。この侵略戦争反省のオール否定が憲法九条改悪なのです。

 第二は、憲法改悪と一体化した米軍再編が、世界でも例外的な軍事同盟強化という国際的危険を生み出している問題です。

 九二年度米国防報告で七つと誇示された軍事同盟がほとんど機能不全となるなかで、強化されているのは、日米軍事同盟ただ一つです。

 憲法改悪は、日米安保の地球規模化と日本の軍事大国化と結びついて世界とアジアの平和秩序づくりの逆流になっており、九条改悪に国際的批判が強まるのは当然です。

 ことし、たたかいは重要な局面を迎えます。「日本を戦争する国につくりかえる」という九条改憲の最大の核心が知られていないという状況をどうやって変えるかが課題です。

 改憲派も勝敗を左右する国民投票で勝利できる条件の構築をめざしてあらゆる攻撃と策謀をめぐらせてくるでしょう。

 九条改悪反対の国民的多数派結集の可能性が力強く成長しつつあります。運動の柱は、四千を突破し歴史的なうねりとして発展している「九条の会」と、共同センター、民主団体の「二つの柱」の、さらなる大飛躍が期待されます。全党がその一翼を担い大奮闘することが求められます。日本共産党を強く大きくすることこそ、憲法擁護闘争勝利の政治的保障になることを訴えて発言を終わります。(拍手)

■政治目標をくっきり支部の奮起が始まった 長野 鮎沢聡代議員

 長野県諏訪・塩尻・木曽地区委員会の委員長をしています。

 昨年十一月には、木曽町の町長選で党員首長、田中勝己町長の当選をかちとりました。全国のみなさんのご支援、本当にありがとうございました。(拍手)

 信州の山の中に囲まれて活動していると孤立感を深めることもあります。しかし、孤立を深めているのは一国覇権主義をつづけるブッシュ政権であり、そのブッシュ政権でさえ外交で解決することを模索している、中央委員会報告でリアルに分析されました。あらためて綱領の生命力を力強く感じました。

 地区委員会は、「大運動」のとりくみで、十八回大会以来、十九年ぶりに、党員、「しんぶん赤旗」読者を増やす活動で前大会を超えることができました。とくに「赤旗」読者は、日刊紙、日曜版あわせて五百十人前進することができました。

 「大運動」の目標である115%にたいして、地区全体では104%でしたが、岡谷市で日刊紙読者、諏訪市で日曜版読者が115%を達成するし、市段階で「大運動」目標を達成する流れも生まれました。

 教訓の一つは、決議案にもあるように、政治目標と党勢拡大の関係を明りょうにすることです。諏訪市は昨年、議員定数が二十三から十五へと八議席減らされました(どよめき)。定数削減の狙いの一つが、共産党と住民の結びつきを弱めることにあることを支部長会議などで議論し、こんな策謀に負けない大きな党をと、政治目標が鮮明になり、奮起が始まりました。

 諏訪市の女性後援会はマスコミが報道しないなら、自分たちの言葉で党を語ろうと毎週水曜と日曜に宣伝・拡大行動にとりくむなど力を発揮しています。ある支部では「女性ばかり増やして男性は何をしているのか」と真剣な議論になり、男性も奮闘を始めました。(笑い)

 二つ目は、政治的理論的確信を培う努力です。『新・日本共産党綱領を読む』は地区始まって以来のベストセラーになり、諏訪市の支部長会議で半年近くかけ学習を続けました。

 三つ目は、ベテラン党員、地区役員、議員が先頭に立つとともに、「政策と計画」を力にした支部の奮闘です。「大運動」では、45%の支部が日刊紙か日曜版で115%を達成しました。目標に執念をもってとりくむ支部も生まれました。

 四つ目は、「赤旗」の魅力、役割が大きな力を発揮するという点です。

 三中総以来の「大運動」のとりくみが、総選挙で地区内すべての市町村で得票率・得票数とも前進する力を発揮しました。年金生活の党員も十二人中半数が機関活動に参加しています。(拍手) 

■広がる米軍機移転反対立場超えた共同へ奮闘 山口 久米慶典代議員

 岩国市の米軍岩国基地には“殴り込み部隊”、米海兵隊の航空部隊が駐留しています。日米両政府は昨年十月の「中間報告」で神奈川県厚木基地の空母艦載機五十七機を、岩国基地に移転させることを合意しました。移転されれば岩国の米軍機は百十四機となり、百機がジェット戦闘機です。所属部隊のジェット戦闘機が百機を超える、こんな基地は日本全国どこにもありません。

 大会決議案は米軍再編について「各地で自治体・住民ぐるみの運動を発展させ、国民的たたかいとして大きく合流しながら前進をかちとることがつよくもとめられる」としています。

 いま岩国では、過去にない自治体・住民運動の大きな変化・発展があります。「中間報告」を受け、岩国市長は「白紙撤回にむけ努力したい」、山口県知事も「受け入れられない」と反対姿勢を示しています。岩国基地を人間の鎖で包囲した昨年の「6・19岩国集会」を契機に、山口県では岩国市など二市三町、広島県では広島市など四市二町が「移転反対決議」を採択しました。岩国市の連合自治会は昨夏、市人口過半数となる六万人の反対署名を集めました。岩国市や広島県西部では市民、住民の「会」も結成され、立場の違いを超えた住民運動のさらに大きな広がりが展望できるようになっています。

 党は安保などでの立場の違いを超え、一点での大きな共同の運動をつくるべく奮闘しています。全国の運動と連帯し、必ず中間報告を撤回させる先頭に立つことを、地元の党組織を代表して申し上げるものです。(拍手)

 私は県議候補でもあります。岩国基地から出撃する米軍機によって殺されたり、今も苦しんでいるイラクの子どもたちや市民に私ができる最高のプレゼントは、日本共産党を本当に強大にし、岩国市で党の県議席を回復することだと思います(拍手)。厳しい選挙ですが、決議案にあるように、情勢は「新しい政治を切実に求める、歴史的時期をむかえ」ています。党員・支持者を信頼し、綱領の示す立場に立ち、勇気をもってきたるべき県議選をたたかう、この決意を申し上げて発言とします。(拍手)

■子育て世代の変化速い党を語るつどい転機に 奈良 田中千賀子代議員

 若い世代、子育て世代への働きかけについて発言します。奈良県は無党派の二十、三十代の世代と数百人規模で結びついています。それでも党づくりでは大きな変化をつくれず模索が続いていました。

 転機は「党を語るつどい」のとりくみでした。党県委員会と新婦人県グループ、支部グループと協力し、入党してくれた子育て中の三十代の人を中心に若い世代を対象にした「党を語るつどい」(プーさんの会)を開きました。党を丸ごと話し参加した八人すべてが読者になってくれました。

 「これだ」と確信し「若い世代にウイングを広げる大波を」と毎月推進会議を開き二年間に三十一人の女性を党に迎えました。うち四割が子育て世代です。

 三十代の子育て中の人は両親が総選挙の結果に落胆しているのを見て「私たちがあとを継がなければいけないんだ」と決意しました。新婦人の「ワーキングママ」の小組を立ち上げ、相棒に入党したことを話しました。この相棒から県グループの一人に「入党申込書を書きました。新しい年に自分のできることからはじめようと思います」とメールが届きました。

 このように少しひろがりはじめたとりくみの教訓は三つです。

 第一に綱領を学習し党を語る力をつけてきたことです。一泊で『新・日本共産党綱領を読む』の学習をし、毎月の推進会議でも学習しています。

 第二に若い世代の疑問に気軽にていねいに答え広く働きかけてきたことです。政治にあまり関心のなかった人も変化は速い。「考え方が縛られるので入党はしないと思ってたけど、子育てだけの毎日に自己表現の場がほしかった」と一昨年末入党した人は、入党後、支持者の夫とけんかになりました。夫を説得し今では仲良く日刊紙を読み、総選挙ではメガホンデビューしました。

 五月に入党した人は、「世の中のこともっと知らなあかん。大切なことを見過ごしていた」と他の新聞を断り日刊紙を購読。総選挙で電話かけに力を発揮しました。

 第三に、県委員会と新婦人グループが心ひとつに粘り強くとりくんできたことです。

 とりくめば確実に前進できると確信しています。大会を力にさらに頑張ります。(拍手)

■住民とともに運動進め保守の町でも要求実る 福井 藤岡繁樹代議員

 「日本一短い手紙 一筆啓上のまち」で知る人ぞ知る(笑い)福井県丸岡町も、昨年は「構造改革」路線の名のもとで、住民サービスの切り捨てや合併問題に揺れました。そのなかにあって「国民の苦難あるところ日本共産党あり」の精神で活動してきた党議員団、党支部と住民の連携で運動が繰り広げられ、運動と結びついて党勢拡大に取り組んだ一年となりました。

 一昨年、保育料が二万二千円引き上げられたことに対し、保護者を中心とした署名運動で一万円の引き下げが実現しました。また、町民の健康増進のための施設が指定管理者制度に移行する問題でも、存続を求める署名運動で、利用料金の引き上げを撤回させるなど一定の成果がありました。

 どちらも一週間から十日で四千人分の署名が集まり、みずからの切実な願いを実現しようという住民のパワーはものすごいものがあると教えられました。町議員団は、署名の作り方から他党派の議員への働きかけなど具体的に相談に乗り、住民と一緒に運動をすすめてきました。一昨年、党議員が二議席に回復し、共産党の存在がより大きくなった。このことが、運動にも大きな影響を与えていると思います。

 全国的に見れば、どこにでもある運動ですが、保守色の強いわが町では、住民運動が起きて要求が前進するのは、近年ない画期的なことです。大本には、十分とは言えないまでも「政策と計画」を持ち、要求活動と党勢拡大の「二つの基本の活動」に取り組む支部の活動があります。

 支部会議を毎週開き、月に三、四回の行動を行い、前大会からの二年で「赤旗」日曜版の読者を二百七十三人増やしています。党員で五人、読者は日刊紙四人、日曜版二十五人、前大会から上回っています。このなかには、住民運動で知り合い、読者になってくれた人がもちろん含まれています。支部が一九六三年から、「いしがき」という地域新聞を発行し続けていることも運動をすすめる力になっています。

 みなさんの発言に圧倒されていますが、決議案と綱領を身につけて、全国に追いつけ追い越せの立場で頑張っていきます。(拍手)

■県政で身近な要求実現党の役割ますます重要 茨城 大内久美子代議員

 県議団長の大内です。今年十二月の県議選は、いっせい地方選挙の前しょう戦として各党のたたかいがすでに始まっています。水戸、つくばの現職絶対確保と取手の回復、前進めざして全力をつくす決意です。どの選挙区も衆議院比例票の一・五倍以上が必要です。

 志位和夫委員長は「県政は住民から見えにくくなりがち。県政問題の日常的強化が大切」と報告しました。

 茨城県議会は自民党が八割以上をしめ、共産党以外は全部与党です。自民党は発言規制を強行し、県議六十五人中、年三十人の一般質問枠を決めました。共産党は二人なのに年一回しか一般質問ができません。(どよめき)

 そこで、党は四年に一回、表やグラフも入れた『県政実態パンフ』を発行してきました。「県政のことがよくわかり、地域に応じた活動ができる」と好評です。

 この十年間、父母や教師が毎年、養護学校の教室不足解消やプールやエアコン設置を求め、県議会請願をしています。これらの紹介議員に共産党以外はなったことがなく、意見もいわず黙って否決します。

 しかし、粘り強いとりくみで、つくば養護学校の建設など一つ一つ前進させています。

 県の財政力は全国九番目なのに、福祉や医療は最下位クラス。巨大開発の浪費で借金は十二年間で三倍になりました。

 常陸那珂港、百里基地の軍民共用化、三千七百億円にのぼる工業団地や住宅団地の不良債権など、党は、県政の問題点を明らかにして見直しを求めてきました。

 県内シンクタンクの役員は「県の産業構造は高度成長型。誘致型から地域内の産業を興し育成していく方向に変換が必要ではないか」とのべました。共産党はさっそく懇談を持ち、地産地消や公共事業を福祉生活密着型に切りかえるなど、考えが一致することを確認しました。

 議会では少数でも県民の願いでは多数派です。私は元日から四日間、宣伝カーで選挙区内をくまなく回りました。

 「虹は七色だから美しい。政治が一色ではだめだ。共産党独自の色で輝いてほしい」(笑い)と励まされました。勝利のために全力をつくす決意です。(拍手)

■綱領・決議深く身につけ合併選挙勝ちぬきたい 三重 久松倫生代議員

 大会の開会あいさつ、中央委員会報告を聞き、情勢を長期的な視野で見ること、広い世界の流れで見なおし、発展的に位置づけるという提起に目を開かされた思いです。

 合併が強行されていくもとで、三重県は六十九自治体が二十九自治体になりました。昨年七月には私も候補者として松阪市の合併選挙をたたかい、四議席を確保し議席占有率を8・5%から12%へと前進させることができました。

 この一月に県都の津市が十市町村の合併で新市になりました。二月五日の投票で合併選挙が行われます。議席は百六十六から三十八になります。五議席をめざします。占有率を6%から13%に引き上げるたたかいにもなります。三重県は県議空白県です。津市の議席回復は重要な意義をもつ選挙になります。

 大会後最初の県都での大型選挙に勝利し、「前進の波を三重から」と決意しています。

 合併選挙は、合併のあり方や地域性、立候補の状況によってさまざまに展開します。選挙ではどんな情勢のもとでも自ら風を吹かす、質・量ともに党の実力をつけることに尽きるという思いがあります。持てる力をいかに発揮するか。ひとつは、党議席のかけがえのない値打ちをしっかりつかみ、有権者のものにしていくことだと思います。

 当選後数カ月の議会内外の活動でも、“今日、食べるものがない”と苦しんでいる若者に、たまたま出会い、すぐに生活保護を受けられるよう手続きし当面の暮らしを確立する、お年寄りがサギまがいのやり方で金品を奪われようとするなど、かつてない出来事にでくわしました。私たちとの接点がなかったらどうなったか。出会っていない人はひどい状況にあるんではないかと思いました。

 中央委員会報告で、苦難と、要求にこたえてたたかう日本共産党の役割とひどい状況をつくり出している政治制度とたたかう重要性が解明されそのとおりと思いました。

 大会後最初の政治戦となる津市議選で地区委員会全体の持てる力を出し尽くす。大会決定の徹底、学習を第一とし、新たな出発点をつくる決定で実践にとりくむことを決意し発言とします。(拍手)

■合併市で補助指導機関市民に密着した活動に 山梨 菅沢三郎代議員

 大会決議案は、党建設を本格的な軌道にのせるために、地区委員会の体制と活動の抜本的強化をはかる課題として補助指導機関の適切な活用と探求を提起しています。これは専従者が少数の私たちの地区委員会にとってとりわけ切実なものです。

 この二年半で地区内の自治体数は合併により二十八から十三に半減、党議員も二十二人から十二人に減りました。私たちは、合併によって新しくできた二つの市に党市委員会を設置し、活動を進めてきました。

 南アルプス市では、市委員会が議員の議会活動について相談したり、議員在任特例期間の短縮を求める住民運動との連携をつくりだす先頭に立ちました。無駄な大型開発の見直しを求め、合併特例債を老朽校舎や体育館の建て替えなど市民生活密着型の事業に使わせるなどの成果も勝ち取りました。

 定数二十八に四十五人が立候補する大激戦となった市議選でも、支部と力を合わせて二議席を獲得しました。昨年の総選挙でも、〇四年参院選の二千六百票から三千四百五十九票に前進させました。後退から前進に転じた結果は、市委員会と支部の確信になっています。来年の県議選での議席獲得に向けて、党員、読者を増やす活動への意識的な努力もはじまっています。

 地域支部の支部長は、「活動の視野が広がり自分たちのやるべき課題も見えた」と話しています。

 二〇〇四年十一月、七町村が合併し誕生した北杜市では、乳幼児の医療費窓口無料化をすすめる運動や産廃処分場建設に反対の市への申し入れなど、市全域に共通する課題や運動に取り組んできました。地域支部の「政策と計画」に基づく活動の交流や党勢拡大の意識的な追求もテーマにしてきました。

 二つの市委員会に結集する地区役員、支部指導部が集団としての知恵と力を発揮して地区委員会の活動を補い発展させてきたことは確かです。

 今後も補助指導機関の活動に改善、工夫を加えつつ、退職者のベテラン党員の活動参加などで、地区委員会の体制を強め、「支部が主役」の活動をもっと援助できる機関に成長していきたいと決意しています。(拍手)

■後援会活動すすめ住民との太いつながり 東京 辻田祐三代議員

 私は職場支部を定年退職し、居住支部に転籍して四年九カ月たちました。この間、多くの支部員に活動に参加してもらうため支部委員会の機能発揮に力を注いできました。

 また、この四年間、支部総会を六カ月ごとにおこない、支部の「政策と計画」を作成し充実させてきました。

 党規約上、支部総会は「すくなくとも六カ月に一回ひらく」ことになっていますが、その「すくなくとも」の部分が軽視されがちです。

 地域社会との窓口である支部には、いろいろな活動が求められています。日常の支部活動では当面の行動とか事務処理に追われ、総合的な視野からのとりくみが欠落しがちです。

 忙しいなかで支部総会を六カ月ごとに開くことは、一定の手間はかかりますが、支部の段階ではかえって「政策と計画」を含む総合議案の作成に時間がかかりませんし、きめこまかな総括もできます。

 二中総で地域住民との結びつきを大事にした本格的な党建設が提起されたのを転機に、六人の入党者を迎えることができました。

 支部では新入党員を迎えるたびに歓迎会をおこなっていますが、そのさい、参加者全員で、料理をお預けにして(笑い)、「あなたと学ぶ日本共産党」のビデオを視聴しています。この間、六人の新しい党員を迎えたので、支部としては六回の綱領学習をしたことになります。

 六人の入党者はすべて後援会員です。後援会は、職場支部における労働組合に匹敵します。

 かつて日曜版読者だった人が亡くなり、奥さんから「共産党さん、助けてください」と連絡がありました。通夜、告別式に支部からのべ十九人で手伝いにいき、たいへん感謝されました。近所の方からもお礼の言葉をかけられました。支部が地域住民から認知されはじめ、つながりをさらにひろげる展望をもつことができました。

 提案があります。大会議案で後援会について記述しているのは第三章(11)(1)の部分です。居住支部にとっては党勢拡大の上からも重要と考えられますので、これを、第五章(16)「どうやって党建設を本格的前進の軌道にのせるか」の方へ入れていただきたいと思います。(拍手)

■市民の願いに応える党「政策と計画」をもとに 大阪 柳利昭代議員

 私たちの淀川東淀川地区委員会は要求運動も党建設も、大阪の他の地区と比べてまだ立ち遅れた水準にあります。衆院大阪5区のパートナーは西淀川此花地区ですが、選挙で西淀川からきた宣伝カーが区境の線路を越えると、反応が冷え冷えとしている(笑い)。私たちは市民の願いに応えるためにも、現状を打開し国政選挙で勝てる党をつくろうと活動してきました。

 支部の「政策と計画」にもとづく自覚的活動の推進を「あらゆるとりくみの要にすえる」という提起をうけ、「私たちの地区はこれしかない、この方向を日常的な活動スタイルにしよう」ととりくんできました。

 八割余りの支部がもった「政策と計画」を出発点として重視。地区委員会自身も、全国的課題とともに、市民の「目の前の要求」に応える努力をしました。地区内のすぐれた支部の活動に学びながら、実践の経験を、それぞれの「政策と計画」と意識的に結びつけて紹介し、交流しあうようにしてきました。支部総会を重視し、直近の中央決定をふまえた補強を呼びかけ、支部に入っていっしょに考えてきました。

 この中で、「政策と計画」を補強して自覚的に活動を発展させる支部が増えてきました。党員が増えることで要求運動の幅も広がり、要求運動の広がりが党への信頼をさらに広げる。そのことが実感になった支部では、党員を増やす運動が支部の要求になってきています。

 支部の変化を基礎に独自追求をすすめる中で、地区は昨年、百四十二人を新しく党に迎えました。前大会後、居住支部のすべて、地区全体では55%の支部が入党者を迎えています。読者は前大会水準まであと一歩のところにあります。こういう自覚的な支部活動を広げるところにこそ発展方向があると確信しています。

 昨年十一月、大阪市長選挙では市内二番目の得票率、定数一の市議補選でも得票を総選挙比例票の一・六六倍にのばして自民党候補に肉薄しました。正確な論戦とともにこの間の「支部が主役」のとりくみの前進が反映していると思います。決議案の方向での探求を進め、地区機関自身の成長もはかりながら、〇七年の一連の選挙の政治目標実現に全力をつくす決意を述べて発言を終わります。(拍手)

■わが身顧みず震災救援立党精神に誇り感じた 新潟 小日向昭一代議員

 一昨年の中越大震災で全国の党組織・党員のみなさんからのご援助に心からお礼をいいます。地元の党組織と党員の奮闘はすばらしいものでした。道路が遮断され孤立した川口町では、自分の店や家も被災し家族ぐるみの避難生活となった党支部長が、車で寝泊まりし救援に奔走しました。

 旧小国町議は揺れた瞬間家を飛び出し、車で外出中だった行方不明の妻を気にかけつつも地域住民を守る活動は深夜に及びました。翌夕、妻を捜していると向こうから歩いてくる妻を見つけ、人目をはばかることなく涙で抱きあったといいます。

 献身的な活動は水害や豪雪のときも発揮されています。どこの町や村にも党組織があり、国民の苦難軽減を喜びとする党員がいるからです。

 被災地では九千人近くが仮設住宅でこの新年を迎えました。今年十二月には仮設住宅は撤去されます。

 県委員会は、ひきつづき活動している、震災復興支援センターを軸に国会議員団と連携し「すべての被災者が元通りの生活を取り戻してこそ真の復興」との立場で頑張っています。

 活動を通して「党を大きくしたい」「集落ごとに支部があったら」という思いを強くし、昨年は全県で一昨年の三倍の入党者を迎えました。(拍手)

 決議案は、党建設にとりくむ特別の意義を明らかにしています。県党組織の歴史をふりかえると特別の意義をもった時期がありました。

 第一は敗戦直後です。新潟は一九四五年十二月に十数人で党を再建しました。新しい日本をつくる気概に燃え、敗戦後の県民の苦難と要求に応える活動に献身し党建設に情熱を注ぎました。四九年一月の総選挙で新潟1区の上村進さん当選の力になりました。三年で六千人の党を築きました。

 第二の時期は六〇年代です。五〇年の弾圧と党の分裂で九百人まで落ち込んだ党勢は、六六年の党大会時には六千五百人に達しました。この努力は翌年の地方選で、ゼロだった県議の複数議席獲得に結びつき七〇年代の党の躍進に道を切り開く力になりました。

 二十一世紀の新しい情勢のもとで、政治を変えたいという県民のエネルギーが深く大きく広がっています。県民の願いに応えられる質量ともに強大な一万人の県党の建設へ全力を尽くします。(拍手)

■水俣病の地で変革訴え「希望得た」と入党次々 鹿児島 野元徳英代議員

 自民党政治の三つの異常が、鹿児島県にも重大な形で現れています。

 その一つが、自衛隊鹿屋基地への米軍給油機部隊の移転です。地元鹿屋市長や市議会はただちに反対し、周辺自治体の首長と反対協議会を結成しました。町内会連合会などでも次々に反対決議が上がり、初めは静観していた県知事も反対を表明しています。

 日本共産党は、計画が報道されると、ただちに県知事らに反対を申し入れるとともに、基地調査や懇談会を重ね、たたかいの先頭に立ちました。

 地元紙の世論調査では、57・8%が米軍移転に反対し、うち34%が、そもそも米軍駐留がおかしいと答えています。県民世論に依拠し、たたかいを広げるなら、決議案が示す、立場の違いを超えた共同をつくりつつ安保解消の世論を広げる展望は確かにあると確信します。

 昨年、地元で青年三人を含む五人を党に迎えました。四月には地元市議会の選挙に地区委員長が移住して立候補します。議席の空白を克服し、基地反対の力を大きくしたいと思います。

 二つ目が、水俣病被害の問題です。不知火海がメチル水銀で汚染され、健康被害はいまだ救済されていません。最高裁は国の責任を認めましたが、国は住民の健康調査もしません。大企業中心主義の政治が、どんなに命と暮らしを破壊し、その転換が差し迫ったものであるかを証明するものであり、党は補償を求め、住民と運動しています。

 地元の党支部は、「どんなに住民運動がすすんでも、党建設は独自の追求なしに前進しない。党を強く大きくすることこそが、患者救済と大企業中心主義の政治を打破する力になる」と、決議案を正面から受けとめ、実践しています。

 昨年十二月には百人の参加で「党を語る会」を開き、年末に十六人を党に迎えました。ほとんどが党と初めて出合った人です。「子どものころから差別を受け、高校も退学。仕事も次々にクビになり、自殺を図った。共産党と知り合い、生きる希望を得た」と入党した人もいます。昨年は二十八人を迎え、「政策と計画」で掲げた三ケタの支部をつくることができました。

 この経験に、決議案の方向にこそ「大道」があると確信を深め、五十万の党、読者の三割増をきずく実践の先頭に立って頑張ります。(拍手)

■学生の知的関心に応え「3つの学び」すすめる 京都 西村麻友子代議員

 志位和夫委員長の報告の「未来は青年のもの」「私たちの党こそ日本の未来を開くもっとも確かな進路を示している未来の党である」という言葉に胸が熱くなりました。

 大学では全学生の三分の一が授業料とは別に講座料を払って公務員などの資格取得講座を受講しています。通常の授業でも全国知事リレーや霞ケ関ツアーという保守的政治家や中央官僚を招いての講義が行われ、多数の学生が参加しています。

 半年、一年たつと「自分の求めていたものと違う」などと大学にこなくなる学生がたくさんいます。

 このようななかで、私たち立命の民青同盟は今春から(1)現実と向き合える学び(2)社会を変えていく確かな展望をつかむ学び(3)生き方と結びついた世界観をもった学び―という民青だからこそできる「三つの学び」を前面に打ち出して、多彩な企画を行ってきました。

 昨年は民青の十二の企画にのべ一千百人の学生が参加しました。その集大成的企画が昨年十二月の志位委員長の講演会「世界の流れと日本の未来」です。学内でこの講演会を知らない学生がいなくなるほど、大量宣伝をしました。

 当日は不安でした。本当に五百人収容の教室をいっぱいにできるのだろうか…。地域のおじいちゃん、おばあちゃんばっかりやったらどうしよう…。(笑い)

 しかし、フタをあけてみると一時間前から列ができ、立ち見があふれました。七百人の参加者のうち七割以上がここの学生でした。

 ここで私たちの「政策と計画」の中心である「三つの学び」のとりくみの特徴を報告します。

 (1)決議案で解明された「自民党政治の三つの異常」が学生にかみあったこと(2)「未来への閉塞(へいそく)感」を強める青年・学生に対して志位さんが「社会的連帯」を直接呼びかけたことに大きな共感が寄せられた(3)青年・学生が今後深めたいテーマは外交、経済、政治などあらゆる分野にわたり、綱領の中身であれば何でもあたる(笑い)、それが実感です。

 私たちはこうした一年の学びの運動を通して、昨年より多い数十人の新しい仲間も迎えています。

 今後も「三つの学び」を民青の看板として大きく発展させるために頑張ります。(拍手)

■休まず後援会ニュース支部がどんどん元気に 兵庫 安積弘允代議員

 私を送り出すために、支部のみなさんが「拡大スゴロク」(姫路から熱海まで一部増やすと一駅進む)をつくって頑張り目標をやりました。ところが、片道では帰れないと、帰りも目標を決め、いま京都までもどっています。

 私が事務局長をしている、居住支部が活動する地域では、七年前に後援会ができ、三年前からニュースを発行しました。二十年間「寝太郎」だった支部がみるみる元気になり、諸要求の運動、党建設でも大きな成果をあげることができました。

 私たち大津後援会は兵庫県姫路市の南西部に位置し、約七千世帯をエリアに活動しています。

 後援会の主な行事は年一回のバス旅行をはじめ、毎月一回のカラオケ喫茶など遊ぶのに大忙しの後援会です(笑い)。遊ぶことはとても大事なことです。この七年間で後援会の親ぼく行事を通じて党員を毎年二、三人ずつ増やし党勢を倍加しました。

 後援会ニュースは毎月発行しています。一回も休んだことはありません。これと思う人に、ニュースを読んでもらうようすすめると、無料の強みで断られることはほとんどありません。

 創刊号は「赤旗」読者を中心に二百部から出発し、元読者や支持者、友人、知人へと広げていきました。現在五百四十部発行しています。いままでは「赤旗」が切れると党との縁も切れてしまっていましたが、ニュースがある限り、すべての元読者とも無数の赤い糸で結ばれます。(笑い)

 ニュースは二十四人で配布しています。編集会議は四人で月二回開き、紙面は地域要求の取り組みや九条の会、議員活動や国政、詰め将棋などさまざまです。

 後援会のもう一つの特徴は、県議や市議と地域要求実現の運動に取り組んでいることです。国道250号の路面改修や危険な歩道の改善、カーブミラー設置などの様子をニュースに載せます。

 後援会ニュースと後援会員に徹底して依拠した活動によって、従来の四百だった支持拡大が昨年の衆院選挙では千五百になりました。

 毎週の支部会議が明るくいきいきとし、無断欠席や遅刻がほとんどなくなりました。

 支部活動にとって単位後援会は「金の鉱脈」といっても過言ではありません。(拍手)

■合併後の住民利益守り定数1の増員選挙勝利 香川 田中和夫代議員

 昨年十一月、私は合併に伴う香川県の高松市議選(増員選挙)・旧塩江町区・定数一で一騎うちのたたかいで勝利することができました。(拍手)

 旧塩江選挙区は初めての一人区選挙。三千人の有権者の中で、九月の衆院選の比例票は二百六票。これを八倍以上にしなければ勝てない選挙でした。

 合併選挙が続いた香川県でもこれまで一人区の勝利はありません。選挙戦では相手候補には高松市長らが応援に回りました。元町長も「塩江から共産党を出したら町の恥だ」と声を張り上げました。「共産党を応援したらこの町に住めんようにしてやる」と相手運動員の脅しに、「本当に悔しい、田中さん、なんとしても勝ってくれ」と訴えたお年寄りの言葉が忘れられません。

 これまでの常識を覆して、住民が共産党を推し出したのはなぜでしょうか。大会決議案では小泉「構造改革」の国民への影響の告発と社会的反撃のよびかけがあります。

 私の生活相談にも生活保護を受けたい、仕事を探してほしいとの相談が増えていますが、国民に襲いかかる増税や社会保障改悪に多くの有権者が大きな怒りを持っていることです。「次は自民党は減るし、減らさないかん」という声を数多く聞きました。

 もう一つは、高松市への強引な吸収合併の内容のひどさです。町民がつくってきた独自の優れた施策が打ち切られ、すべてを高松市の制度に合わせるというものでした。選挙への取り組みでは、合併によって生じたどんな小さなことでも取り上げ、要望を解決していこうという姿勢で動きました。

 次の選挙も一人区のたたかいになります。党への共感が広がるなか、選挙後、二十九人を党に迎え入れました。訴えると何のちゅうちょもなく決意してくれました(拍手)。選挙中、神社に毎日必勝祈願をしてくれた二人の女性も入党してくれました。「自分たちの生活を守るために、共産党を大きくし、次の選挙でも続けて市議会に送ろう」―有権者の思いがこうなってきているのが塩江の選挙の特徴です。私もこの期待にこたえがんばりたい。(拍手)

■ミュージカルになった私たちの「生活相談物語」 熊本 益田牧子代議員

 熊本市で五期目の市議会議員をしています。

 昨年十月、地元の八王寺支部が学習・党活動のページで「幸せいっしょに 生活相談物語」として、三回にわたって紹介されました。十五日には地域のコミュニティーセンターで二周年のお祝いをすることにしています。今回は全員参加で生活相談所のとりくみを知らせようと、支部長さんがミュージカル風の脚本をつくりました。こんなふうです。

 フーテンの寅さんの曲をバックに、「私、人呼んで、南熊本の銀ちゃんと申します。生まれは青森、スナックのチーフ、大物歌手のピアノ伴奏、華やかなときもありました。…職を失い流れ流れて熊本へ。段ボールハウス暮らしも二年目。日本共産党との出合いが人生を変えました…」。以下ドラマが続きます。(拍手)

 記事になったことが確信になり、銀ちゃんはいきつけの歯医者さんに日曜版読者になってもらいました。

 八王寺支部は、生活相談を通して前大会以来二十五人に入党してもらいました(拍手)。どんな活動をするのか想像できない方も多いと思います。一人暮らしの男性が多いことから始めた毎日の夕食の炊き出し、「カラオケサークル」などもやっています。私にも想像できなかったことが次から次に起こりました。

 大会決議案は、ルールなき資本主義の下での貧困と社会的な格差の新たな広がりを指摘しています。志位委員長の報告で、人間らしく生きることができる日本を目指し、「社会的連帯と社会的反撃を」のよびかけに、勇気をもらいました。

 十年前からホームレスの姿を見るようになり、五年前から、党市議団、生活と健康を守る会、民医連の合同で訪問支援活動を始めました。

 元ホームレスの人たちが、いまは熱心に支援活動をおこない、生活と健康を守る会に入会し、また入党して活動しています。生活相談活動は、「国民の苦難あるところ日本共産党あり」という原点の活動であり、党員としても多くのことを学び、成長できる、やりがいのある分野だと思います。党綱領を深く学んで、全国の教訓に学び、「政策と計画」を充実し地域になくてはならない支部になれるよう頑張ります。(拍手)

■あいつぐ労働災害要員配置を求め運動 神奈川 鈴木明代議員

 民間大経営の職場での大衆活動と党建設の困難を克服し発展を切り開く条件が、いま生まれています。

 日本鋼管は川鉄と統合してJFEスチールとなりました。今年度経常利益は五千億円です。その秘密は本体の労働者を削減し非正規不安定雇用労働者に置き換えるリストラで、京浜製鉄でも七割が関連下請け・派遣などになっています。

 私たちは、労働組合が労働者の切実な要求を取り上げないもと、職場新聞と門前ビラでの宣伝、公的機関を活用した要求実現活動を重視してとりくんでいます。職場の労働者から「残業を月五十時間で頭打ちにし、残りを一時金の時に支払うというが心配だ」と訴えがあったときは、職場新聞でとりあげ、労基署に提起。ごまかしが正され、賃金が八十万円を超えた労働者もいました。

 JFEスチールでは、〇四年に二十三件もの休業災害があり、四人が死亡。労組も「危機感を抱く」といい、労組がまとめた会社への「安全提言」には、生産計画に見合った要員配置など、私たちが提起してきた内容が盛り込まれていました。私たちは門前ビラで激励し、とりくみを強め、前進を作り出しています。

 極端な大企業中心主義の異常をただし、「職場に働くルールを確立する」党綱領と大会決議案の方向こそ、労働者に明るい展望を与えることができると思います。

 十一月、職場で配られた「許すな!大増税!」のビラを見た労働者が、「共産党がいよいよ大々的にやりだしたな」といいました。実は連合のビラでした(笑い)。私たちも増税反対の門前ビラを配っていますが。大会決議案がいう「連合系労組の要求と、民主党の立場との矛盾が激化している」のとおりだと思います。

 同時に、新しい条件のもとでのたたかいを前進させる土台が、強大な党の建設であることを痛感しています。労働者の要求実現に力いっぱいがんばり、党綱領と大会決議にもとづいて未来の展望を語り、職場に強大な党の建設をすすめたいと思います。(拍手)


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