2005年12月13日(火)「しんぶん赤旗」
ここが知りたい特集 WTO閣僚会議
WTO閣僚会議 経過と論点は
きょうから香港で開幕
国際貿易についてのルールを協議する世界貿易機関(WTO)の閣僚会議が13日から6日間の日程で、中国・香港で開かれます。1995年のWTO発足から10年を経過し、いま何が焦点になっているのか。経過と香港会議の論点をみました。(香港=中沢睦夫、西村央)
■WTOとは
世界貿易機関(WTO)は一九九五年に発足。前身ともいえる「関税と貿易に関する一般協定」(GATT)が物の貿易を対象としていたのにたいして、WTOは対象を、物の貿易に加え、金融、情報通信、知的所有権などの貿易分野にまで広げ、これらの分野の通商ルールを協議する場となっています。WTOはまた、貿易をめぐる紛争を処理する機能を持っています。現在加盟しているのは百四十九国・地域。
現在おこなわれている新多角的貿易交渉は、二〇〇一年十一月にカタールのドーハでおこなわれた閣僚会議で開始を決定し、ドーハ・ラウンドと呼ばれています。農業、サービス、非農業品(鉱工業製品、林水産物)の市場アクセス、貿易関連の知的所有権、投資ルール、競争政策、政府調達の透明性、貿易円滑化などが交渉の対象です。
■グローバル化のもと格差
世界の貿易市場が弱肉強食のルールなきものとならないために、そのためのルール作りがWTOには求められています。これまでの閣僚会議でみる限り、グローバル化の進行で国際的経済格差が広がっているもとで、これを促進するような急速な自由化の進行にたいしてはさまざまな形で強い反対が表明され、紛糾や決裂を繰り返してきました。
一九九九年の米国・シアトルでの第二回閣僚会議は新ラウンドの立ち上げに失敗。これに続く二〇〇一年のカタール・ドーハでの第三回閣僚会議でラウンドを立ち上げたものの、〇三年のメキシコ・カンクンでは多国籍企業の利益優先の「自由貿易」推進を前提にした交渉には反発が強く、閣僚宣言を採択できず、決裂のまま閉幕しました。
■「新分野」めぐる溝 いまも
カンクンでの閣僚会議が紛糾し、決裂した原因の一つは、投資、競争、貿易円滑化、政府調達など「新分野」での交渉を進めることを宣言案に盛り込んだ点にあります。「新分野」にたいしてはWTO加盟国の過半数となる八十カ国が反対しました。
投資が「自由化」された場合、進出先となった国での労働問題や税金、土地所有など広範な分野に影響が及びます。そのため、途上国などでの独自の開発計画が損なわれるという強い危ぐがだされました。
この決裂にあたって後発開発途上国代表は「新分野での交渉開始にあたっては、明確なコンセンサスが必要との立場を明らかにしてきたが、宣言案には私たちの意見がほとんど反映されていない」と強く主張しました。
この時の溝はいまも埋められておらず、今回の香港会議では「新分野」については、貿易円滑化以外は協議の対象からはずされています。
■農産物輸出補助金で対立
米国や欧州連合(EU)の、農業分野での輸出競争力が強い要因に、輸出補助金があります。これにより、農産物の輸出価格が生産費を大きく下回り、事実上のダンピング輸出となっています。
その具体例として途上国側からしばしばあげられるのは米国の綿花生産への助成です。こうした助成が輸出価格を引き下げた結果、綿花輸出に頼るアフリカ中西部の諸国を直撃しており、栽培農家は大打撃をこうむっています。米国は綿花生産では世界の20%を占めるのみですが、輸出市場では36%と三分の一を超えています(二〇〇二年)。
トウモロコシの場合、これを主食とするメキシコでは、米国産が大量に流れ込んでいます。同国はトウモロコシ生産では、世界四位ですが、輸入では第三位(同年)となっており、農民は食料主権を掲げて、米国産の流入に反対してきました。
農業の全分野を一律に貿易自由化の対象にするやり方をあらため、農業を基幹的な生産部門として位置づけていくこと、各国の食料自給で中心的位置を占める農産物を輸入自由化の対象からはずし、各国の「食料主権」を確立していくことが、いま極めて重要となっています。
「とめどもない輸入拡大をおさえるために、WTO農業協定を改定させ、食料主権を回復し、アジア諸国との多様な農業の共存と連携をめざすこと」(日本共産党第二十四回大会決議案)が、今日的課題として浮かび上がっています。
■混迷する農業交渉
自由貿易拡大を最優先するWTO協定は矛盾がいっそう深くなっています。閣僚会議宣言案としてWTOのラミー事務局長がまとめた文書も、現状を報告するだけ。各国の主張が隔たっていることを認めています。途上国の「開発」に配慮するとして新交渉が始まったものの、実態は逆になっています。
■三つの分野
最大の問題は農業・食料分野です。
農業は三分野での交渉がおこなわれています。関税の削減(市場アクセス)、国内補助金の削減、そして輸出補助金の廃止です。
WTO加盟国の四分の三近くを占める途上国が強く要求するのは、先進国農産物のダンピング(不当安売り)輸出をやめさせることです。ダンピング輸出は、補助金を手に入れる多国籍企業の要求が背景にあります。
財政的に厳しい途上国は、輸出補助金は使えません。自国の農産物が国際市場で買いたたかれるだけでなく、安い農産物の流入で国内農業が破壊されています。
有力途上国二十カ国グループの一員・インドは“すべての形態の輸出補助金を撤廃する確実な約束が必要だ”との姿勢を強めています。
しかし米国は、WTOの裁判所(紛争処理委員会)で輸出補助金はWTO違反の判定が出ても改めようとしません。たとえば綿花貿易では、WTO違反となりましたが、多国籍企業の圧力のもと米政府は改善をしていません。
米国には、隠れた輸出補助金もあります。貧しい途上国には「食料援助」の形で市場支配し、産油国に低利融資をして農産物を買わせる「輸出信用」も使います。オーストラリアやカナダなど輸出国は国家貿易企業に助成する形で競争相手から市場を奪っています。
EUは「輸出補助金の廃止」をWTO交渉で一応提案しています。
こうした状況について国際農業貿易に詳しい農業情報研究所の北林寿信さん(元国会図書館調査及び立法考査室)は、「EUは、フランスなど加盟国の反発から農業分野で譲歩が不可能な状況にある。一方、米国に加え、ブラジルなどの有力途上国も自分たちの主張を譲ろうとしない。ラミー事務局長が無理やり突き進もうとすれば会合決裂は必至だ」と分析します。
■小泉内閣は
日本は貿易をゆがめる補助金付き輸出をしていません。食料自給率がカロリーベースで四割を切ろうとしており、圧倒的多数の国民は自給率向上を望んでいます。
しかし小泉内閣は、交渉の進展をはかるとして「守るべきは守り、譲るところは譲る」(中川農水相)という態度です。小泉首相は六日、首相官邸でWTO交渉関係閣僚会議を開き「譲るところは譲る。守るところは守るという方向でしっかりやれ」と指示しています。この姿勢は日本経団連と同じです。
市場開放分野では、一定水準以上の関税率を認めない「上限関税」案が出て、日本をはじめ輸入国グループやアフリカ諸国は反対しています。
市場開放の例外扱いが認められる「重要品目」の取り扱いも合意できません。米国は全品目の1%を主張しますが、日本など輸入国は柔軟な対応を認めるべきだとしています。
日本が輸入米に課している関税は現時点の算定方式で778%と試算されています。輸出国グループが主張する100%の上限関税となれば、輸入米は現行で六十キロ五千円―六千円になります。国産米の平均生産費が六十キロ一万七千二百円程度ですから、日本農業は壊滅的な打撃となります。
■利害錯そう
WTO閣僚会議では、農業以外でも難航が予想されています。鉱工業製品・林水産物貿易、サービス交渉、知的所有権交渉がおこなわれていますが、各国の利害が錯綜(さくそう)しています。
自国の産業を自立的に発展させたい途上国が高関税や自国ルールを維持したい分野です。外務省では「ブラジルなど途上国は“農業分野でどこまで利益が得られるか”を見ている」と説明します。途上国のなかでも中進国といえる途上国は工業製品の輸出が増え、関税引き下げを求める国もあります。サービス交渉では、電気通信や金融の自由化、人の移動の自由化が焦点となっています。
エイズやマラリアなど深刻な感染症は、特許がなくても薬剤を製品化し、貿易ができる途上国への配慮がWTO一般理事会で合意されています。
さらに、後発発展途上国の産品にたいし無税・無制限の輸入枠の拡大が話し合われます。

