2005年11月24日(木)「しんぶん赤旗」

「遊就館令」とは?


 〈問い〉 先日本紙に載った靖国神社関連年表の中に「遊就館令廃止、1945年9月」とありましたが、遊就館令とは何ですか?(長野・一読者)

 〈答え〉 靖国神社境内にある遊就館は、同神社付属の「掲額及武器陳列所」として始まります。1869(明治2)年に創建され、1879年に命名された靖国神社は、武器や戦死者の遺品などを集め、この陳列所を陸軍省が「遊就館」と名づけ、1882年に開設しました。

 1910年公布の「靖国神社付属遊就館官制」で「武器の沿革を知るべき物件を蒐集保存し、軍事上の参考に供する所」とされ、「館長は陸軍大臣及海軍大臣の監督を承け」るとしています。この「官制」による「遊就館処務規程」も定めました。

 日本のアジア侵略の拡大によって「祭神」とともに収蔵品も激増し、遊就館は増改築されますが、さらに1934(昭和9)年には遊就館に隣接して「国防館」が建設されました。

 「遊就館令」は、日本が中国への侵略戦争をすすめていた時期、1935年10月30日に公布された勅令です。天皇の命令で、この施設を「官制」の規定にくわえて「国防精神の作興及軍事知識の増進に資する為、之を公衆の観覧に供する所とす」としました。武器陳列所から戦意高揚、国民の精神的動員をはかる施設に変えたのでした。公布直後には「遊就館処務規程」が改定されて、遊就館は「国防館及其の付属施設」全体となり、運営体制も強化されました。

 終戦後の1945年9月11日、「遊就館令」は勅令で廃止され、遊就館を「靖国神社宝物館」と名づけて同神社の管理とします。翌年、靖国神社が宗教法人となると、ただちに遊就館と言い直しますが、閉館されていました。

 その後、遊就館は富国生命に賃貸されるなどの変遷をへて、86年7月に再開され、02年に全面改修されて今日に至ります。同神社宮司は、この施設には「英霊顕彰」と「近代史の真実を明らかにする」という2つの使命がある、といって、「正しい戦争」論の展示場にしています。国防館は、靖国会館と改称されています。(平)

 〔2005・11・24(木)〕


もどる
日本共産党ホーム「しんぶん赤旗」ご利用にあたって
(c)日本共産党中央委員会
151-8586 東京都渋谷区千駄ヶ谷4-26-7 TEL 03-3403-6111  FAX 03-5474-8358 Mail info@jcp.or.jp