2005年7月7日(木)「しんぶん赤旗」
暮らし、平和守る日本共産党を
那覇市議選 市田書記局長の訴え
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日本共産党の市田忠義書記局長が、沖縄・那覇市議選(十日投票)応援のため、六日に那覇市内のパレットくもじ前で行った演説を紹介します。
市田氏は冒頭、那覇市議選が市民のくらし、沖縄の将来をも左右する大切な選挙だと指摘。「市民のくらし・福祉・教育の確かな守り手、平和な沖縄への進路を切り開く日本共産党を」と熱く訴えました。
■憲法守り基地撤去求める大波を
「今年は戦争が終わって六十年、大切な節目の年だ」と述べた市田氏は、侵略戦争の反省に立って「二度と戦争をしない」と世界に向かって公約した平和憲法が、戦後日本の原点であるとともに、「平和憲法のもとで基本的人権の保障を」という沖縄の祖国復帰の原点だったと強調。自民党、公明党、民主党の改憲勢力に共通しているのは、軍隊を持たないことを決めた憲法九条の二項の改悪であり、「アメリカが海外で行う戦争に日本が協力、加担する道を開くことになる」と批判。「沖縄の祖国復帰の原点、憲法九条を破壊しようという動きに、大きなストップの大波を、日本共産党六人全員の勝利で、起こそうではないか」と呼びかけました。
三日に起きた米軍嘉手納基地所属の米兵による小学生への強制わいせつ事件について、市田氏は「絶対に許せない事件だ」と述べ、再発防止策として「もっとも有効な対策は基地の縮小、撤去しかない」という地元紙の主張を紹介しました。
ところが、自民、公明の翁長市政は、基地の県内たらい回しを決めたSACO(日米特別行動委員会)合意にしがみつき、那覇軍港への浦添移設を推進。また、革新市政時代に米軍・自衛隊から返還させた伝統工芸館の跡を、戦争を宣伝する自衛隊の広報センターにしようとしています。
市田氏は「自民・公明への支持は、沖縄の基地永久化の支持にしかならない」と批判。日本共産党が、基地のたらい回しではなく撤去を、沖縄県民の団結で実現しようと一貫して訴えてきたことが「沖縄県民の大多数の声になりつつある」とのべ「日本共産党への支持で、『基地のない沖縄』への一歩を踏み出そう」と訴えました。
■大増税、市民いじめから暮らし守る議席
暮らしの問題で市田氏は、政府税制調査会が発表した「お勤めの方」=サラリーマンへの大増税計画をとりあげ、年収四百万円のサラリーマンは三十四万一千円、五・六倍の増税、年収三百万円だと二十五万円、三十三倍の増税になることを紹介。自民、公明だけでなく、民主党も、サラリーマンの所得控除をなくすというのが持論であり、消費税増税の旗振り役になっているとのべ、「これ以上の増税はごめんだという方は、党派を超えて日本共産党の候補者に願いを託していただきたい」と呼びかけました。
「国の政治がひどいときだからこそ、地方自治体が防波堤にならなければならないが、那覇市はどうか」とのべた市田氏は、革新市政から自民、公明の翁長市政になって、福祉・教育予算をばっさり削減したことを指摘。介護保険料の減額、減免をなくし、子どものプールの安全補助員を廃止し、重度心身障害者への年五千円のささやかな見舞金さえ打ち切る「市民いじめのひどい政治」を告発しました。
市田氏は、こうした市政を自民、公明は「高く評価する」と後押しし、民主、社民、社大の野党も、定率減税縮小にともなう市民税引き上げや、介護保険料引き上げにつながる条例改正には賛成していると指摘。日本共産党は「暮らし、福祉、教育の充実が市政の一番の仕事」「ムダを削れば市民の暮らしに回せる」と正面から主張し、実際に調査し、議会で積極提案し、父母、先生方の運動とも結んで、すでに市内二十二校、百五十教室でクーラーを実現したことなどを紹介しました。
市田氏は「ムダ遣いをやめれば、暮らしに回すお金はある」とのべ、例えば、船が来る見通しがないのに進めている那覇港の整備(九十六億円)をやめれば、学校のプール安全補助員復活に必要な六百九十万円の千四百年分のお金になると指摘しました。自民党、公明党は、那覇港整備を進めろと尻をたたき、民主、社民、社大は、企業がくる見込みのない旭橋駅前再開発予算に、自民、公明とともに賛成しています。
市田氏は、「国民の苦難あるとき、その軽減のために献身するのが、日本共産党の立党の原点だ」とのべ、「六人全員当選で、国政も、那覇市政も、暮らし、福祉、教育優先の方向に転換していこう」と呼びかけました。


