2005年3月23日(水)「しんぶん赤旗」
薬害エイズ事件
25日に元厚生省課長の控訴審判決
官僚の「不作為」どう判断
血友病患者ら五百六十人以上が亡くなった薬害エイズ事件で、業務上過失致死罪に問われた元厚生省生物製剤課長・松村明仁被告(63)に対する控訴審判決が二十五日、東京高裁(河辺義正裁判長)で言い渡されます。判決を前に争点を整理しました。
一審の東京地裁は、二〇〇一年九月、一人の死亡事件については無罪、後に死亡した一人について禁固一年、執行猶予二年(求刑は禁固三年)の有罪としたため、検察側と被告・弁護側の双方が控訴しました。
松村被告が業務上過失致死罪に問われた訴因は、二つありました。
認識の時期は
第一訴因は、帝京大病院で一九八五年五―六月に輸入非加熱血液製剤を血友病患者に投与。そのためにHIV(エイズウイルス)に感染し、エイズになり死亡した事件です。
第二訴因は、大阪の大学病院で肝機能障害の患者が、ミドリ十字の輸入非加熱血液製剤を八六年四月に三回投与され、HIVに感染してエイズで死亡した事件です。
一審判決は、第一訴因について、八五年五月当時ではエイズについての危険認識について予見の程度が低かったとして無罪。しかし、第二訴因については、輸入非加熱血液製剤からHIVに感染し、エイズを発症し、死亡することが予見できたとして執行猶予付きの有罪としました。
判決は、HIV感染とエイズ発症の危険性を予見できた時期を八五年末としました。同年五月と七月に血友病患者五人がエイズ患者として認定をうけ、うち四人が死亡していることから、この時期には予見できたと判断したのです。
控訴審でも、松村被告が危険性を認識できたのはいつかが、争点になりました。
検察側は、八四年末には「危険性は認識できた」と主張しています。
同年十一月に日本で開催された「第四回血友病治療学シンポジウム」にアメリカから出席したエイズ研究の第一人者、エバット博士らがエイズの危険性について警告していたからです。
回避できたか
もう一つの争点は、危険性を認識した上で、感染を防止する手だてをとったかどうか(結果回避義務)でした。
検察側は、第一訴因の時期には、安全なクリオ製剤に一時的に戻すべきだったと主張しています。HIV感染によって死亡する危険がある輸入非加熱血液製剤と、多少不便はありましたが、国内血で作り危険のないクリオ製剤を比較。クリオ製剤がより安全で代替可能だったといいます。
被告・弁護側は、第二訴因の八六年三月ごろであっても(1)エイズについての危険性は十分確定されていない(2)加熱製剤の安全性も副作用など懸念される(3)「販売中止」「回収」などは生物製剤課の権限ではない―などとして、松村被告には結果回避義務はなく、無罪と主張しています。
国民の健康と命を守る責任がある、当時の厚生省官僚がやるべきことを怠った「不作為」について、刑事責任が問われて有罪判決が確定になった前例はありません。
薬害エイズ事件
一九八二年七月、米国で血友病患者に非加熱血液製剤を介して感染するエイズ症状の患者が発生。原料血漿(けっしょう)を米国の輸入に頼っていた日本への感染が問題になりました。安部英・元帝京大副学長が班長となった厚生省の「エイズ研究班」は、八四年三月、非加熱血液製剤の使用継続を決定。血友病患者千四百人以上が感染しました。被害者は国と製薬会社に損害賠償を求めて提訴。九六年に和解しました。松村被告の他に、製薬会社旧「ミドリ十字」の歴代社長(最高裁に上告)と安部元副学長(一審無罪、二審公判停止)が業務上過失致死罪に問われました。
重い国の役割と責務
東京HIV訴訟弁護団の大井暁弁護士の話 東京高裁が予見可能性の時期をどう判断するか注目したい。その結果によっては、無罪となった安部英・帝京大副学長の判決についても妥当性が問われてきます。
もう一点は、国民の生命と身体を守る義務が厚生省にあることを明確にした改正薬事法(一九七九年)の趣旨を生かした判断をするかどうかです。
一審判決は、よほどのことがなければ、厚生省官僚には回収命令など出すことはできないとハードルを高く判断しましたが、薬の安全を確保する国の役割や義務を東京高裁はどこまで重く見るのか注目したい。

