2010年11月4日(木)「しんぶん赤旗」

急浮上 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)って何だ

財界・米国が推進するわけは


 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への交渉参加問題が緊迫化しています。菅直人内閣は、13、14両日、横浜で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議の場で交渉参加を表明することを狙っています。急浮上してきたTPP問題とは何か、検証します。(金子豊弘、北川俊文、山田俊英)


“世界の孤児に…”は国民への脅し

狙いは輸出大企業の利益

 TPP推進勢力は「扉は閉まりかけている」「政治的な先送り論は許されない」(前原誠司外相)、「参加しないと日本は世界の『孤児』になる」(米倉弘昌日本経団連会長)と、APEC首脳会議を前に、“今しかない”の「大合唱」をしています。これは、日本の農業と地域を破壊するTPPへの参加を国民に押し付けるための脅しです。本当の狙いは、一部の輸出大企業の利益を確保するためのものです。

 TPP参加は、もともと日本国民の願いから出発したものではなく、言い出したのは財界と米国でした。

 10月8、9両日、東京都内で開かれた第47回日米財界人会議。共同声明でTPPと日米経済連携協定(EPA)を2015年までに実現させ、それを足がかりとして、20年までにアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)をつくり上げることを求めました。FTAAPは21カ国・地域で構成するAPECをそっくり自由貿易圏にする構想です。

国境なき市場

 日本経団連は6月、「アジア太平洋地域の持続的成長を目指して 2010年APEC議長国日本の責任」という提言を発表し、TPP、FTAAPの実現を政府に迫りました。求めたのは関税撤廃だけではありません。「ヒト、モノ、資本、サービス」などが域内を自由に行き来できる「経済統合」です。「アジア太平洋全域をカバーする制度インフラ」「経済的に国境を感じさせないシームレスな環境」を要求しました。大企業が域内どこでも生産、販売できる、国境のない市場づくりです。TPPは、FTAAP実現に向けた「重要な核」と位置づけられています。

 提言をまとめた佐々木幹夫経団連副会長(三菱商事相談役)や渡辺捷昭同副会長(トヨタ自動車副会長)は経団連の機関誌『経済Trend』10月号の座談会で、アジアで生産して欧米へ売る日本企業の「サプライチェーン」(供給網)を「制度的に支える」のがTPPとFTAAPによる経済統合だと語っています。

 そのために、提言は「国境措置、国内措置を問わず、聖域を設けることなく、制度・ルールを大胆に見直す必要がある」と主張しています。具体的に挙げた中には関税撤廃、農業の「構造改革」のほか、各国の職業資格の互換性、輸出入手続きの簡素化、内外企業の平等な扱いなどがあります。地球温暖化、生物多様性の保護については「成長の制約要因にならぬよう」要求しています。「自由貿易」の名で大企業の要求を一気に実現しようとしています。

 提言にないのは、雇用や労働者の権利をどう保護するかです。日本の大企業はすでに、生産拠点の海外移転で国内の産業・雇用を空洞化させています。経済統合にあたっても日本の産業、雇用を支える企業の社会的責任はまったく省みられていません。

米国の権益も

 大畠章宏経済産業相が「アメリカが加入を表明した。それから検討が開始された」(10月27日、衆院経済産業委員会での答弁)と認めるように、TPPはもともと米国発の構想です。09年11月、オバマ米大統領は就任後初の訪日の際行った演説でTPP参加を表明しました。

 背景にあるのはアジアにおける米国の地位低下です。「アジア太平洋地域で米国が関係しない通商協定が広がっており、過去10年間、同地域の市場で米国のシェア後退を招いている」。昨年12月、カーク米通商代表は議会にこんな書簡を送り、TPPへの参加を訴えました。

 カーク氏は今年5月、インターネットを通じた質疑応答で、米企業がアジア市場でシェアを高めるためには、関税だけでなく各国の「規制や非関税障壁など『国境の中の問題』」に取り組む必要があると強調し、商慣習、競争政策、労働、環境なども幅広く対象にするTPPを「米国の自由貿易協定(FTA)のモデル」と持ち上げました。TPPによって、各国の国内制度を米企業に都合のいいように変えさせることができるというわけです。

 これによって利益を受ける分野として挙げたのは、エネルギー、環境技術、生物工学、医療技術など米企業が強みを持つ産業です。食品安全では「規制の共通化」を主張しました。

 自国大企業の権益を最優先させる米国に対し、日本経団連は「米国を含めた枠組みづくり」を主張し、二人三脚でTPP実現を図ろうとしています。APECの議長国は今年の日本に続き、来年は米国です。経団連など財界3団体は1日、民主党、自民党などの国会議員を招いて緊急集会を開き、TPPへの交渉参加に向けて政府に圧力をかけました。

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“1・5%のため98・5%が犠牲”と言うが

農業も地域も生活も破壊

 菅政権は“農業のためにほかの産業が犠牲になっていいのか”と言わんばかりに、TPP参加を急ごうとしています。しかし、TPPに参加し、関税が撤廃された場合、農業だけでなく、雇用、中小企業、地域経済にも大きな被害を及ぼします。

 前原誠司外相は10月19日、TPPへの日本の参加に関して、「日本のGDP(国内総生産)における第1次産業の割合は1・5%だ。1・5%を守るために98・5%のかなりの部分が犠牲になっている」と発言しました。これに対し、全国農業協同組合中央会の茂木守会長は21日、「第1次産業は、単なる数字で判断できるものではない。人が暮らし、営農している農村の多面的機能や、地域経済・雇用など、農林水産業の果たす重要な役割を正しく認識してもらいたい」と抗議しました。

農水省試算は

 農林水産省が10月27日発表した試算によると、TPPによって関税が撤廃された場合、農産物生産額が年間4兆1000億円減少します。供給熱量でみた食料自給率は現在の40%から14%へ急低下します。農業の多面的機能が失われることによる損失額は3兆7000億円にのぼります。さらに、農業関連産業も含めたGDPが年間7兆9000億円減少します。そのために、340万人の雇用が失われます。

 北海道農政部が10月25日発表した試算によると、TPPによる北海道の損失総額は2兆1254億円にのぼります。そのうち農業産出額が5563億円、関連産業が5215億円、地域経済が9859億円の被害を受けます。つまり、農業生産への打撃は、農業関連産業へは同じ規模で、地域経済へは1・8倍の規模で波及するというのです。

 農業生産の減少は、食品加工など中小企業を含む地域産業に打撃を与えます。農業所得の減少は、地域の小売業やサービス業の低迷に直結します。地方小都市の衰退は、後背地の農村の疲弊が一因にもなっているのです。

 北海道農政部は「道内の多くの市町村で壊滅的な影響が出ることを危ぐしている」としています。

 一方、内閣府が10月27日発表した試算は、TPPによって関税が撤廃された場合、実質GDPが0・48〜0・65%増加するとしています。また、経済産業省が同日発表した試算は、TPPや他のEPAに参加しない場合の自動車、電気電子、産業機械の3業種の損失を算出し、実質GDPが1・53%減少し、雇用が81・2万人減少するとしています。

 しかし、これらは、輸出大企業の利益を中心に試算したにすぎません。現在の雇用破壊は、輸出大企業が「国際競争力」を強化するためだとして、非正規雇用を拡大し、解雇や雇い止めを強行したことによるものです。にもかかわらず、TPPに参加しないと雇用が減少するなどというのは、大企業の横暴を今後も放置することを前提にした試算です。

雇用の圧迫も

 TPPは、関税撤廃だけでない広範な問題をもたらします。例えば、内閣官房が10月27日発表した資料も、米国から牛肉や非関税障壁などへの対応を求められる可能性を挙げています。BSE(牛海綿状脳症=狂牛病)の安全対策がない米国産牛肉の輸入制限の撤廃を求められることも予想されます。

 さらに、すでに発効したフィリピンやインドネシアなどとの2国間のEPAで認めた看護士、介護福祉士だけでなく、より広範な職種の受け入れを求められることも想定できます。それが、何のルールもなければ、国内の雇用を圧迫し、国際的な賃下げ競争に容易につながりかねません。

 TPPは、広範囲の経済連携を目指す協定で、国内の産業構造そのものに大きな影響を与えます。

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食料・雇用を犠牲にする自由貿易偏重でいいのか

 今、問われているのは、食料や雇用を犠牲にした「自由貿易」の在り方そのものです。

 日本の食料自給率は現在、40%です。「世界史上にもまれな低水準」の状況がどうしてもたらされたのでしょうか。日本学術会議の答申は、「市場原理、国際分業論に基づく自由貿易政策の偏重」の結果であると指摘します。(「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について」2001年)

飢餓と栄養失調

 多国籍大企業の利益を中心にすえ、公正なルールを持たない貿易自由化。このもとで、各国の「食料に対する権利」が侵害され、世界的な飢餓、貧困が深刻化しました。自国民のための食料生産を最優先し、実効ある輸入規制や価格保障などの食料・農業政策を自主的に決定する権利は、食料問題を解決するために、ますます重要性を増しています。

 08年1月、国連人権理事会に提出された特別報告は、経済的、社会的、文化的な権利を認めない新自由主義を批判し、「規範を定めた取り組みだけが、世界の飢餓と、深刻で恒久的な栄養失調を根絶できる」と指摘しました。

 日本共産党は、「食料自給率の向上を真剣にめざし、安心して農業にはげめる農政への転換を」とする「農業再生プラン」を発表しています。(別項)

雇用重視の成長

 TPP参加で日本の雇用は、どうなるのでしょうか。農水省の試算では、現在の失業者に匹敵する340万人もの雇用が失われるとしています。

 しかし08年秋以降の金融・経済危機から立ち直るためには、雇用を重視した成長こそ必要というのは、国際社会が求める方向です。

 09年7月にイタリアで開かれた主要8カ国(G8)首脳会議は、「先進国、新興市場国および開発途上国そして国際機関は、雇用重視の成長の確保と社会の一体性促進のために、共同して取り組むべきである」と強調しました。

 国際労働機関(ILO)が同年6月に採択した「グローバル・ジョブズ・パクト(仕事に関する世界協定)」は、「危機後の世界は、新しいものに変わっていなければならない」と宣言。「公正なグローバル化とグリーンな経済」の確立や「労働者の権利を尊重し、男女平等を促進し、脆弱(ぜいじゃく)な人々を保護」することなど、政策課題を掲げています。

 グローバル化した国際社会の中で、どのような国際経済秩序を構築していけばいいのでしょうか。日本共産党綱領は次のように提起しています。

 「多国籍企業の無責任な活動を規制し、地球環境を保護するとともに、一部の大国の経済的覇権主義をおさえ、すべての国の経済主権の尊重および平等・公平を基礎とする民主的な国際経済秩序の確立をめざす」

日本共産党の農業再生プラン

2008年3月7日

(1)価格保障・所得補償など、農業経営をまもり、自給率向上に必要な制度を抜本的に充実する

(2)農業に従事する人の高齢化が急速に進行しているいま、現在農業に従事している農家はもとより、農業の担い手を増やし定着させるための対策を抜本的に強化する

(3)日本農業の自然的・社会的条件や多面的機能を考慮し、各国の「食料主権」を尊重する貿易ルールを確立し、関税・輸入規制措置など必要な国境措置を維持・強化する

(4)農業者と消費者の共同を広げて、「食の安全」と地域農業の再生をめざす


09年、米大統領が東京で表明 APECで交渉参加狙う

日米両国政府の動き

 2009年11月14日 オバマ米大統領が東京での演説でTPP参加を表明

 「米国は、広範にわたる締約国が参加し、21世紀の通商協定にふさわしい高い水準を備えた地域合意を形成するという目標をもって、環太平洋連携(TPP)諸国と関与していく」

 10年10月1日 菅直人首相が所信表明演説でTPP交渉への参加を検討すると言明

 「私が議長を務めるAPEC首脳会議では、米国、韓国、中国、ASEAN、豪州、ロシア等のアジア太平洋諸国と成長と繁栄を共有する環境を整備する。懸け橋として、EPA・FTAが重要だ。その一環として、TPP交渉等への参加を検討し、アジア太平洋自由貿易圏の構築を目指す」

 10月27日 日米外相会談でTPP参加について話す

 「(TPPに対する)日本の関心を歓迎し、後押ししたい」(クリントン国務長官)

 11月9日 菅内閣がTPPを含め経済連携について基本方針を閣議決定する予定

 13〜14日 横浜でAPEC首脳会議


TPPとは

 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)は、例外品目なしに100%の貿易自由化を目指し、モノやサービスのほか政府調達や知的財産権など広範な分野を対象した経済連携協定(EPA)です。シンガポールとニュージーランドの自由貿易協定(FTA)が土台となり、チリとブルネイを加えた4カ国の協定として、2006年5月に発効しました。アジア太平洋経済協力会議(APEC)に参加する諸国の加入を想定したモデル協定とされます。現在、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアの5カ国の参加をめざし、原加盟4カ国を含めた9カ国が交渉中です。





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