2010年8月6日(金)「しんぶん赤旗」
きょう 広島被爆65年
広島は6日、アメリカの原爆投下による惨禍から65周年を迎えます。
1945年8月6日午前8時15分、アメリカの爆撃機B29「エノラ・ゲイ」が投下した原子爆弾「リトルボーイ」は、島外科(同市中区)上空約600メートルでさく裂。同年内だけで約14万人が命を奪われ、生き残った人々も後遺症に苦しめられ、その苦悩は65年を経た今も続いています。
5月に開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議では、具体的な期限は削除されたものの、「核兵器のない世界の平和と安全の達成」で一致。核兵器保有国が自国の核兵器の完全廃絶を実行することを確認しました。
NPT再検討会議に向けた国際行動には、被爆者をはじめ世界各地から核兵器廃絶を求める市民が結集。たたかいは、被爆者の「再び被爆者をつくってはならない」の訴えを原動力に、核兵器禁止・廃絶条約の交渉・実現を求める新たな段階に入ろうとしています。
被爆者健康手帳を持つ被爆者は22万7565人(うち広島市が7万1194人、3月末現在)、広島市内の被爆者の平均年齢は76・3歳と高齢化が進んでいます。
新たに死亡が確認された5501人の名簿が原爆碑に奉納されます。原爆死没者は26万9446人になりました。広島市では原爆死没者を追悼し、核兵器の廃絶を願う行事が終日行われます。
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