2009年10月27日(火)「しんぶん赤旗」
クルド人へ融和姿勢
長期対立終結への期待も
トルコ
トルコ政府が、国内少数民族であるクルド人に対し、このところ融和姿勢に転じています。今月20日には、政府がテロ組織とみる反政府武装組織クルド労働者党(PKK)のメンバーや支持者など、イラク北部から越境・投降してきた全員を釈放するという異例の措置をとりました。
今回釈放されたのは、越境者34人。一時拘束から翌日までに全員が自由の身となりました。当局はこのうち3人がPKK員であることを確認しています。
EU加盟対策?
トルコはこの間、アルメニアやシリアなど周辺地域との関係改善を進めてきました。こうした外交面に続き、内政面でも不安定化要因であったPKK問題でトルコ政府が方針を軌道修正する兆しとみられます。またトルコのクルド人弾圧を「人権侵害」と非難する欧州連合(EU)が同国のEU加盟に難色を示していることへの対応だとも指摘されています。
トルコは第1次世界大戦後の建国後、「トルコ民族の単一国家」を国是とし、国内に住む1千万人以上ともいわれるクルド民族の文化や言語を否定してきました。
PKKは1970年代にクルド人の民族意識が高まるなかで結成されました。84年に反政府武装闘争路線に転換。イラク北部を拠点にトルコ国内で治安部隊と衝突を繰り返し、一般市民を含む多くの犠牲者を出してきました。2008年にはトルコ軍がイラク領に侵攻する事態もありました。
03年に発足した公正発展党(AKP)のエルドアン政権は、対クルド強硬派の軍部の動向をにらみながら、クルド語の教育や放送の許可条件を緩和する措置をとるなど、クルド人の文化・政治的権利を徐々に拡大。クルド民族主義の合法政党「民主社会党」(DTP)が05年に結成され、国会(定数550)に21議席をもつ有力政党となっています。
投降のきっかけ
一連の対クルド融和策はPKK内部にも影響を与え、今回の投降のきっかけになったともいわれます。アタライ内相は、イラク領内に残るPKKメンバーとその支持者150人の投降の可能性を語っています。
トルコ紙トゥデーズ・ザマンは、今回の動きについて、拘束中のPKK創設者アブドラ・オジャラン氏が、PKK指導部に当局への帰順を示す「平和グループ」を送るよう指示したと報じました。一方、イラク領内のPKKメンバーや支持者数千人が、この指示に従うかどうかは不明だとしています。(カイロ=松本眞志)

