2009年6月11日(木)「しんぶん赤旗」

冤罪足利事件

取調室で何が

髪引っ張り 足けり 自白迫られた13時間


 「足利事件」で無期懲役刑が確定し、服役させられた菅家利和さん(62)が、検察が再審開始を認めたことで、逮捕から17年半ぶりに釈放されました。「間違ったではすまない。人生を返してほしい」(4日、釈放後の記者会見)という菅家さんの訴えが問いかけるものは――。(竹腰将弘)


「唯一の証拠」

 事件発生から1年半後の1991年11月、足利事件の捜査は大きく動きました。

 栃木県警は、被害女児の着衣に残っていた犯人の遺留物と、菅家さんのものとの照合を警察庁科学警察研究所(科警研)に依頼し、「DNA型が一致」という鑑定結果を受け取ったのです。

 DNA鑑定は、DNAの塩基配列の違いで個人を識別する技術です。歴史は浅く、日本では1989年に科警研が犯罪捜査に導入しました。

 警察は、この鑑定結果をほとんど「唯一の証拠」として、菅家さんを犯人と決めつけ、その後の強引な捜査に突き進みました。

 しかし、当時のDNA鑑定の精度は低く、1万人を鑑定すれば12人も同一型があらわれるという水準で、法医学会からは「正確な判定はできない」と批判を受けていました。

 その後、DNA鑑定の精度は飛躍的に高まり、別人が一致する確率は「4兆7000億人に1人」とされます。菅家さんの再審請求を受け、東京高裁の指揮で検察、弁護側双方が独自の再鑑定を行い、菅家さんと犯人のDNAは不一致という鑑定が出、無実の決定的な証拠となりました。

 DNA鑑定の取り扱いには慎重さが求められます。試料の採取は人の手で行われ、異物の混入などの可能性が常にあります。過去の冤罪(えんざい)事件の教訓からは、警察がDNA鑑定段階で証拠ねつ造を行う危険性さえ排除できません。

心が折れた

 91年12月1日午前7時。菅家さんは、自宅にいきなり踏み込んできた捜査官に、「任意同行」という名の強制連行をされます。

 足利署の取調室で、「髪の毛を引っ張ったり、足をけられたり。『白状しろ、早くしゃべって楽になれ』」(4日、会見での菅家さんの証言)と自白を強要する捜査官。「やっていない」と否認し続けた菅家さんの心がポッキリと折れ、警察官の筋書き通りの虚偽の自白をしてしまうのは、取り調べ開始から13時間後の午後10時すぎでした。

 被疑者の人権を踏みにじる密室での暴力、威圧、脅迫、利益誘導など、あらゆる点で違法・不当な取り調べが、冤罪を生んだのです。


「可視化」こそ

 菅家さんは4日の会見で、「冤罪をなくすため、密室ではなく(ビデオ録画で)室内を監視してほしい」と訴えました。取り調べの一部始終を録画・録音し、後で検証できるようにする「取り調べの可視化」です。

 「可視化」は、過去の多くの冤罪事件被害者が強く求め、国連の国際人権(自由権)規約委員会が日本に導入を勧告するなど、国際的にも当然の流れです。それをかたくなに拒む警察、検察の姿には、違法な自白強要の捜査手法にしがみつく体質をみてとれます。

 麻生太郎首相は4日、記者団の質問に答え「可視化をすれば、冤罪が減るという感じはない」とのべました。冤罪事件の教訓をまったく受け止めない、的外れな態度です。


 足利事件 1990年5月に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害された事件。栃木県警は91年、遺留物とのDNA鑑定を決め手に菅家利和さんを逮捕。最高裁で無期懲役が確定しました。しかし、今年5月、東京高裁の再審請求即時抗告審で行われたDNA再鑑定で型が一致しないという結果が出たことから、再審開始の決定を待たず刑の執行を停止・釈放され、近く開始される再審で無罪を言い渡されるのが確実とみられます。



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