2009年3月31日(火)「しんぶん赤旗」

明日への視点

米国に現れた自治尊重論

世界秩序の行方

田中靖宏


 「他国への民主主義押し付けをやめて、多様な統治形態を容認する外交に転換すべきだ」

 米国の有力な国際政治学者がこう主張する論文を発表し、話題になっています。「民主主義」や「人権」を看板にした米国の覇権主義を根底から問い直す議論で、海外からも注目されています。

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 「オートノミー(自治)ルール」と題する論文を書いたのは、米ジョージタウン大学のチャールズ・カプチャン教授とアダム・モント教授の二人です。三月発売の米季刊政治外交誌『デモクラシー』に掲載されました。二人とも元クリントン政権で国家安全保障会議(NSC)スタッフを務めた外交専門家です。

 両氏が取り上げたのは、西側の自由民主主義を普遍的価値として世界に広げることを米国の使命だとする外交思想です。米国が海外に拡張を始めた十九世紀末から、経済利益の追求と一体で唱えられてきました。

 イラク戦争でブッシュ前政権が主張した中東民主化論もその突出した現れでした。民主党のクリントン政権も「民主主義の拡大」をソ連崩壊後の外交の基本理念にすえ、国連の枠外での軍事行動を正当化していました。

 カプチャン氏らは、中国やインドなど新興諸国の興隆で、米国と西側の相対的な力が低下し、その価値観と体制を国際秩序の「主要な碇(いかり)」として世界に強制することはできなくなったと強調します。代わって今後は各国の多様な統治方式を容認する「自治のルール」を外交の基本に据えるべきだと提起。民主的政権であれ権威主義的政権であれ、人民の福祉向上に努力するすべての国が参加する国際秩序の条件を交渉すべきだと主張します。

 「米国だけでは何もできないが、米国なしでも何もできない」。オバマ政権はこう繰り返しています。米国が唯一の超大国から「大国の中の一つ」に変わりつつあることは米国でも共通認識です。加えて二人が意識しているのは、オバマ新政権にたいして世界中が、変化をいうなら覇権主義をやめて各国と対等平等の関係をつくれと叫びをあげていることです。論文は「国際政治のゲームの新しいルールを」とのインドのシン首相の呼びかけを特記しています。

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 もう一つ論文の伏線にあるのは、オバマ政権内の一部にある新しい国連論です。中国やロシア、イランなどとの意見の違いで国際合意が難しくなる下で、国連の中に「民主主義諸国連盟(あるいは協調)」を形成して、中ロなどを排除したこの連盟の「総意」によって国際行動の合法化をはかるという論議です。

 二人はこうした考え方を、多様性の尊重という米国の伝統理念に反すると批判します。そして全員参加型の秩序で安定をはかることこそ現実的だと強調しています。

 また新自由主義の押し付けをやめ、多様な経済体制を追求する自由を与えるべきだとも指摘。国連の下で東南アジア諸国連合(ASEAN)やアフリカ連合(AU)など地域機構に平和の役割をはたさせるべきだとも提案しています。

 国連憲章に基づく平和秩序と主権尊重をとの主張は、これまで国内で戦争と覇権主義に反対する進歩的な人々が訴えてきました。ただ今回は米外交の主流を形成する人たちのなかからでた議論です。二人とも現在、米外交に大きな影響力をもつ外交評議会の上級研究員を務めています。それだけに論文の反響は大きく、関連の研究機関が相次いで検討会を開くなど波紋が広がっています。

 いま、一部の大国が支配をほしいままにする世界は次第に過去のものになり、平和の共同体をめざす巨大な流れが生まれています。中南米諸国が「米国の裏庭」からの脱出をめざして中南米・カリブ海諸国機構の創設を決めました。アジアでは東南アジア諸国連合を中心に平和の共同体つくりが進展、東南アジア友好協力条約(TAC)の加盟国は二十五カ国、世界人口の57%を占めるにいたりました。

 こうした流れをうけた米国内の変化が、オバマ政権の外交展開にどう影響していくか注目されるところです。(外信部長) 


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