2008年5月26日(月)「しんぶん赤旗」

列島だより

広がるスポーツの輪

震災に負けない!!

神戸、長岡


 阪神淡路大震災、中越(沖)地震で大きな被害を受けた兵庫県や新潟県では、いまも復興をめざす取り組み、努力が続いています。このなかで神戸では野球場確保のため、地域の野球連盟、団体が協力・共同の輪を広げ、長岡市では地震にも雪にも負けないと、広範な住民が参加してピンポン教室、大会を開くなど協同の輪を広げています。


団体の枠を超えて

神戸 野球再生への道

あれから13年

地図

 一九九五年一月十七日早朝、あの阪神・淡路大震災が神戸の中心街を襲いました。私の家は六甲山の北側にあり、突然の大きな揺れと、ゴーという地鳴りの音とともに、余震で家の中には居られなくなり、五人家族は車の中で様子を見ていました。

 私の家は幸いに屋根がわらがくずれただけですみましたが、震度7の大地震は兵庫県を中心に大きな被害をもたらしました。

 私は神戸市水道局の職員で、出勤のため山から市街地に入ったところ、空は雲のように黒煙がたちこめ、家はつぶれるなど各地で惨状に出合いました。それから四月末まで、職務として被災者への給水活動にたずさわりながら、野球活動も復旧への話し合いを続けました。

 市の野球場(十五カ所)はすべて仮設住宅(五年間)が建ち、生活もままならない多数の被災者がおり、スポーツをするどころではないと感じていました。

 それでも、学校に避難しているチーム員から“野球がしたいねん”との声が出されました。また他の野球団体の安否確認をする中で“軟式野球の灯を消したらあかん”との強い声を聞きました。そうした声を受けて、スポーツ連盟が事務局となり、十団体共同の大会を、他の都市の球場を確保して五月から始めました。震災から四カ月経ていましたが、百五十チームが参加しました。

 野球をやりたいという要求がいかに強かったかを改めて実感しました。

協力関係に発展

 自分の団体だけが野球を再開するのではなく、愛好者に広く呼びかけて共同で活動したことが、スポーツ連盟に対する信頼を広げ、協力しあう意識の源泉となったと思います。

 野球をする上で球場の確保は絶対条件です。ただでさえ少ない球場ですから、確保のためにときには激しく対立したりもします。震災前から市営球場の抽選申し込みと割り振りはありましたが、それが五年後の再開からはライバル関係から協力へと変化しました。そして県営球場の割り振りも共有化しています。

 全神戸軟式野球大会(十三団体で構成)は神戸協会(全軟連)も加入し、そして春、秋に二回開催するようになり、各団体の目標となっています。神戸市教育委員会、プロ野球OBクラブが後援するなど名実とも全神戸軟式野球連盟へと発展してきました。その開催にスポーツ連盟が不可欠な役割を担うようになっています。

共同が生む成果

 球場の割り振りがすんだ後も、球場の有効利用を連盟ごとに融通しあっています。

 審判講習会も各団体に参加を呼びかけ、アンパイアリングの向上に役立っています。また全神戸大会はその交流の場にもなってきました。(スポーツ連盟、甲南連盟、ジム・エバンスの研修会)

 他の連盟の試合に、審判員の派遣もときどき行ったり、各連盟の総会や記念行事にそれぞれ互いに参加して学び、励まし合っています。

 協力共同をすすめることは、一団体ではなし得ない事をやりとげる力量となり、すばらしい成果を生みだすことを実感しています。

 しかし、言葉でいうと簡単ですが、実際はねばり強い活動と真摯(しんし)な精神が必要なことも学びました。

 私たちにとって野球は趣味、娯楽ではなく、生活の一部分です。震災復興野球の歩みはそれをみんなが実感しました。

 (新日本スポーツ連盟兵庫野球協理事長 水門輝一=すいもん・きいち)

“掘るまいか精神”で

長岡 熱気の卓球大会

仮設住宅の人も

地図

 自然公園に囲まれた越後の夏は、山の雪解けとともにやってくる―。「楽しみにしているペアマッチいつやるんだ」の声に押され、第3回越後長岡オープンペアマッチ卓球大会(七月五日、長岡市みしま体育館。八十チーム募集)の準備をすすめています。

 長岡は花火で知られていますが、遊び心を大切にしながら芸能やスポーツの盛んなところです。

 昨年の大会は目標の六十チームにたいして八十三チームが参加し、急きょ他の体育館から卓球台十五台を借りるなど、大盛況でした。大会には全村避難した山古志中の男子生徒が先生と組んで参加してくれました。

 新潟はこの三年間で二回の大地震(中越、中越沖)と大雪、水害に遭遇しました。地震直後で、仮設住宅で暮らしている人もたくさんいました。どうしてもこもりがちになり、思いきって体を動かしたい、練習したい、クラブに出て練習したい、試合をしたいという要求がたまっていました。

ペアマッチで

 新日本スポーツ連盟が生み出したペアマッチは、二人一組の団体戦、ダブルス一回、シングルス二回をたたかいます。予選リーグと順位別トーナメントを行うので、誰もが六試合できます。このことが評価され、長岡市の市政百周年事業、子ども元気塾助成事業にも採用されています。

 埼玉や全国の仲間たちに学んだ「スポーツきみが主人公・スポーツは平和とともに」の志のせいでしょうか。地震に負けない「掘るまいか精神」に学んだせいでしょうか。つらいこともありましたが、「負けてたまるか」と思い、コミュニティセンターで卓球を再開し、よかった。

 ピンポンさん、百まで続けようと思っています。

 (丘の上ピンポンクラブ代表 田中公平)


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