2008年3月15日(土)「しんぶん赤旗」

戦時下の言論弾圧「横浜事件」再審

判断避け裁判打ち切り

最高裁 元被告側の上告棄却


 太平洋戦争中の言論弾圧事件「横浜事件」で、治安維持法違反で有罪が確定した元被告五人(いずれも故人)の再審上告審判決が十四日、最高裁でありました。最高裁第二小法廷の今井功裁判長は、元被告側の上告を棄却。治安維持法の廃止と大赦を理由に、有罪無罪の判断をしないまま裁判を打ち切る「免訴」とした判決が確定します。

 免訴が確定するのは、元中央公論編集者の木村亨さん、元改造社社員小林英三郎さん、元古川電工社員由田浩さん、元日本製鉄社員高木健次郎さん、元南満州鉄道社員平舘利雄さん。

 再審で、元被告の遺族や弁護団は「無辜(むこ)の救済」という再審制度の理念にてらし、実体審理をつくしたうえで無罪とすべきと求めました。しかし、〇六年二月の一審横浜地裁は「免訴理由がある場合は、実体審理も有罪無罪の判断も許されない」とする四八年の最高裁大法廷の判例を踏襲し、免訴判決を言い渡しました。二審・東京高裁は「免訴判決に被告側は控訴できない」として控訴を棄却しました。

 同事件をめぐっては、拷問を加えた元特高警察官らが、戦後告発され、特別公務員暴行陵虐罪で有罪が確定しています。再審をきめた〇五年三月の東京高裁決定は、「元被告の自白は拷問によるもの」と認定し、「無罪を言い渡す新証拠がある」としていました。

 判決後、弁護団は「東京高裁決定と対比する時、刑事訴訟法の法技術的な論理に終始した本日の最高裁判決の不当性はあまりにも明らかだ」とする声明を発表しました。

「事件終わらず」

遺族ら会見

 最高裁判決を受けて十四日、横浜事件の元被告の遺族らは都内で記者会見し、心境を語り、最高裁の対応を批判しました。

 故平舘利雄さんの長女、道子さんは「日本の司法の頂点にある最高裁が、事件の事実と少しは向き合い、理にかなったことをいうかと思ったが技術論だった。木で鼻をくくったような結論を出したのは大変残念。治安維持法で苦しんだ人はたくさんいて、救済がなく放り出されている状態。それに一石を投じてほしかった」と語りました。

 「横浜事件とは何だったのか明らかにすることが願いでした。なに一つ事件は終わっていないといいたい」と語ったのは故木村亨さんの妻、まきさんです。「拷問が行われなかったら事実でない自白もなかったし、獄死者も出なかった。それに踏み込もうとしてくれなかった」と、目を赤くしながら話しました。

 故小林英三郎さんの長男、佳一郎さん(67)は「今年はおやじの十三回忌でいい報告ができると思ったが残念。司法はみずからの間違いを認めて、価値ある判断をすべきだった」と語りました。

 弁護団代表の環直彌弁護士は「再審決定の時に見せた裁判官の良心が、その後の公判では見ることができなかった。きょうの判決は弁護人の主張に一つも答えていない。(国民の)裁判を受ける権利を満たしていない判決だ」と批判しました。


 横浜事件 神奈川県特高警察が一九四二年七月、評論家の細川嘉六氏(戦後、日本共産党参院議員)が雑誌『改造』に執筆した論文を、共産主義の宣伝などとし、同氏が富山県で開いた宴会を「共産党の再建準備」などとでっち上げた事件。出席者ら六十人以上が逮捕され、特高警察の拷問などで四人が獄死。約半数が治安維持法違反で起訴され、有罪判決を受けました。

 元被告らは八六年から三次にわたって再審を請求。二〇〇三年四月、横浜地裁は再審開始を決定し、東京高裁の抗告審で〇五年三月、再審開始が確定しました。

 免訴 新旧の刑事訴訟法はともに(1)同じ犯罪について確定判決がある(2)犯罪後に刑が廃止された(3)大赦があった(4)時効が完成した―場合、有罪、無罪の判断をせず、裁判を打ち切る免訴判決を言い渡さなければならないと規定しています。


解説

形式的に法適用 司法の責任ふれず

 「横浜事件」は、希代の悪法といわれる治安維持法のもと、特高警察が拷問で自白をでっちあげ、司法も追認してつくりあげた大規模な言論弾圧・冤罪(えんざい)事件です。再審では、野蛮な天皇制警察の実態を明らかにするとともに、裁判所が自らの責任にどう向き合うのかが問われていました。

 弁護団の主張も無罪判決にとどまらず、「言論・表現・思想結社の自由に対する弾圧の凶器となった治安維持法の歴史、問題点は厳しく追及されなければならない」と、国による権力犯罪を正面から告発するものでした。

 それだけに、弁論も開かず、刑事訴訟法の規定を形式的にあてはめたかのような結論では、とうてい国民を納得させるものとはいえません。

 この事件では、権力犯罪の一端を裁判所自らも担いました。横浜地裁は敗戦後も、治安維持法が廃止されるまでの一九四五年八―九月、起訴された約三十人に対し、有罪判決を出し続けたばかりか、責任追及を恐れ裁判資料を焼却したのです。そして裁判資料がないことを理由に、二〇〇三年四月の再審開始決定までは再審請求を拒否し続けました。

 同事件をとおして、司法は元被告らの訴えに謙虚に耳を傾け、自らの過去を反省し、元被告らの求めた人権侵害の実態を明らかにすべきでした。

 権力による人権侵害、思想弾圧を検証し、明らかにすることは、決して過去の問題ではなく、今日的な意義があります。

 言論・表現の自由が保障された憲法下の今日でも、休日にビラを配っただけで逮捕、起訴され一審で有罪となった国公法弾圧堀越事件をはじめ、国公法弾圧世田谷事件、葛飾ビラ配布弾圧事件など、権力による言論の自由と民主主義に対する弾圧事件が相次いでいるからです。

 治安維持法によって日本共産党員をはじめ多くの人が弾圧された、そんな世の中を二度と許してはなりません。(阿曽隆)


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