2008年1月29日(火)「しんぶん赤旗」

論点 焦点

冤罪「取調べ指針」

反省も自浄も欠く警察組織


 「我が国の刑事手続において、被疑者の取調べは、事案の真相解明に極めて重要な役割を果たしていることは、論を俟(ま)たないところである」―警察庁が二十四日まとめた「警察捜査における取調べ適正化指針」は、こんな挑戦的な文言ではじまっています。

人権無き密室捜査

 鹿児島県議会選挙をめぐり公職選挙法違反で起訴された十二人の被告全員が無罪になった志布志事件、女性暴行で服役後に真犯人があらわれ再審で無罪が確定した富山氷見事件と重大な冤罪(えんざい)事件が相次ぎ、警察の違法捜査の実態に厳しい批判が集中するなかで発表された「自己批判」の文書です。それが、従来の捜査手法の基本に誤りは無く、一部に行き過ぎや逸脱があっただけだという基本認識に立つのですから、警察組織の無反省と自浄能力の欠如はここにきわまっています。

 冤罪は、刑事事件の捜査段階での警察や検察の取り調べで、被疑者が意に反して虚偽の「自白」を強要されることで起こります。外部との連絡がとれない密室で、肉体的にも精神的にも責めさいなむ取り調べが横行し、無実の人に取り返しのつかない苦しみを与える冤罪を繰り返していることに、捜査機関は本格的な自己点検を迫られているのです。

 直接捜査にあたる警察の立場でそのあり方を見直した「指針」は、警察官が取り調べでやってはならない行為(不適正行為につながる恐れのある行為)を七項目にわたり規定しました。

 ▽被疑者の身体への接触▽直接・間接の有形力の行使▽一定の動作・姿勢の強要▽ことさら不安、困惑を招く言動▽便宜供与の約束▽被疑者の尊厳を著しく害する言動―などを禁じるという規定は、あまりにも当たり前の中身です。ところが、これまで警察組織には、こうした取り調べについての明示的なルールは何もなかったのです。

 裏を返せば、こうした規定をあらためて設けなければならないほどに、被疑者の人権を蹂躙(じゅうりん)する威圧、脅迫、利益誘導など違法・不当な取り調べが蔓延(まんえん)しているということです。

 志布志事件では、親族からのメッセージに見立てた文字を記した紙を床に置き、いやがる被疑者の足首をつかんで無理やり踏ませた「踏み字」で自白を強要した元捜査員が、特別公務員暴行陵虐罪で起訴されました。この元捜査員は裁判で「踏み字」が被疑者にたいする侮辱だとは「思わない」と臆面(おくめん)も無く証言しています。

 志布志で起きたのは、警察内部の隠語で「たたき割り」と呼ばれる強引な捜査手法でした。風評や情報をもとにした見込み捜査で、被疑者のアリバイも、物的証拠も無視し、犯罪者と決めつけて、警察の描いた筋書きにそった自白を強要するやり方です。

 筋書きにそった自白をとった捜査員が優秀だと評価され、そうでなければ「ダメなやつだ」と捜査から外されるという元刑事の証言も報じられています。「事案の真相解明」どころか、警察が事件をつくり、自白をでっちあげるという体質的な問題点があらわになっています。

 戦後の日本では、免田、財田川、松山、島田の四つの死刑確定事件が一九八〇年代に相次いで再審無罪となりました。いずれも脅迫や拷問、利益誘導で、やってもいない殺人の自白を強要された事件です。しかし、密室の取り調べと自白の強要は遠い過去の解決済みの問題ではなく、今日も全国で繰り返されている事実を、取り調べにあたる警察はまず直視すべきです。

「可視化」実現こそ

 警察・検察の違法・不当な自白強要の抑止策として期待されているのが「取り調べの可視化」です。取り調べの一部始終をビデオ撮影やテープ録音し、後で検証することができるようにすることです。

 国連の国際人権(自由権)規約委員会が日本に導入を勧告するなど、「可視化」は国際水準からみても当然の流れですが、検察、警察はかたくなに拒んでいます。日本共産党は、国民のための司法・警察制度改革の課題としてその実現を強く求めています。

 「可視化」の実現を求める世論の強まりを意識して、「指針」は、不適正な取り調べが行われていないかを監督する新制度を設けることを打ち出しました。しかし、警察本部ごとに捜査部門とは別に監督担当者を置くというだけのことで、いわば身内のチェックを制度化するにすぎません。

 捜査の「適正化」を真剣に考えるなら、警察はこんな制度でお茶をにごそうとするのではなく、「可視化」の実現にこそすすむべきです。(論説委員会・竹腰将弘)


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