2008年1月7日(月)「しんぶん赤旗」

頑張る日本共産党

島に生きる


 東京都小笠原村(おがさわらむら)、長崎県対馬市(つしまし)、沖縄県宮古島市(みやこじまし)から、島の暮らしや2008年の年明け風景を織り交ぜ、それぞれの島で住民に心を寄せてがんばる日本共産党の姿を紹介します。


国境の島 韓国と交流深まる

長崎県 対馬市

地図

 長崎県対馬市は二〇〇四年三月一日、対馬島の六町が合併し、一島一市になりました。人口は約三万八千人、面積は三百五十六万人が住む横浜市の一・六倍、七百八・七平方キロで佐渡、奄美大島についで三番目に大きな島です。

釜山まで50キロ

 対馬は百四十七キロ離れた福岡市よりも、朝鮮海峡を挟んで約五十キロの韓国・釜山市が近く、歴史的にも、遣隋・遣唐使の大陸との交流を経て、最近はウォン高円安や韓国人へのノービザ(短期滞在証の免除。〇五年三月から実施)の効果で、年間六万人以上の観光客が韓国から訪れています。

 対馬の正月は、大勢の観光客を迎えて盛大に行われる夏の「アリラン祭」のような大きな祭りは少なく、静かです。

 しかし、昨年九月に韓国との間に高速旅客船が就航、釜山―対馬・比田勝間を一時間二十分、釜山―厳原間を二時間二十分と現行より三十分速く結ばれてから韓国の観光客で港はにぎわっています。〇六年の同航路を利用した韓国人乗降客数は、〇三年一万五千七百三十四人の二・六七倍、四万二千二人にのぼります。当初は一部のホテルや飲食店、運輸業が潤うぐらいでしたが、今では、特産のアワビやシイタケなども売れ、島には大きな波及効果をもたらしています。

 昨年十一月、市は韓国の海運会社や釜山外国語大学と国際交流協定を結び、同大学生らが漂着ゴミの清掃にきたり、新入生のオリエンテーションを対馬で開催したりしています。

海の幸が自慢

 島は89%が山林で、豊かな海に恵まれた水産業や観光を暮らしの支えにしています。いろんな自慢もあります。「紅王」のアマダイ、「銀太」のタチウオ、テッペンアジ、トキサバなどの魚類、日本一といわれる鰐浦(わにうら)の長ヒジキや対馬シイタケなど。陸には対馬ヤマネコ、対州馬。花木の鰐浦ヒトツバタゴ、琴の大イチョウは国の天然記念物です。

 観光客には珍しいものや美しい景観を楽しませる対馬ですが、島の生活は合併前につくられた「箱もの」事業の借金が山積し、荒波にもまれています。将来に夢が持てず、合併後も毎年六、七百人も島を去っています。

 合併後、談合事件で全国ニュースになったり、今は県内一高い燃油で、水産業はじめ、シイタケ生産から日常生活まで暗い話題で持ちきりです。それにじわじわと押し寄せる物価高、国保税、介護保険料などの負担増、公共事業の大幅減による失業の恐怖…。高齢化率28%の島にそれをはね返す力は残っているのか、これからが正念場です。

 日本共産党議員は二十六人中、私一人です。車で南北二時間以上もかかり、百二十以上の集落を対象にした議員活動は大変ですが、私は年四回、一万部の地域新聞を発行し、議会報告に努めています。私は今、将来に向けての要望・提言に腐心しているところです。(武本哲勇市議)


地下ダムの水で育つ農産物

沖縄県 宮古島市

地図

 沖縄県宮古島市は沖縄本島から南西に二百九十キロ離れた宮古諸島の一市三町一村が二〇〇五年十月に合併して誕生した市です。人口五万五千人余、広さ二百四・五平方キロです。

施設園芸盛ん

 島の基幹産業は農業でサトウキビ、葉タバコ、畜産牛が主です。島全体が平たんで面積の約70%が農耕地です。

 静かな正月三が日が明けて、昨年十二月に種まき、一期目の鉢上げ作業を終えた葉タバコ農家は、二期目の鉢上げ作業と今月中旬の本畑植え付けのためのマルチ張りの最中です。三月中旬の収穫、その後の乾燥作業など気の抜けない作業に追われます。葉タバコは夏の台風を避けて収穫できるため、農家の換金作物として台風に強いサトウキビとともに生産されています。

 二十二歳で父の農業を手伝うために島に戻り、葉タバコの生産に従事する豊見山恵昌さん(40)は「本当は自分が学んだ園芸と畜産がやりたかった。食料を作るのが農業の基本ですから、夢を捨てないで将来結婚して嫁さんと一緒に頑張ります」と目を輝かせます。

 島は沖縄本島から遠く、農産物の輸送面で負担を負っています。加えて、台風や干ばつ、病害虫の発生などの自然災害のほか、島には河川がなく水利条件に恵まれていないことから、生産性が低く農業をとりまく環境は厳しいものがありました。

 それが一九九四年と九八年、地下の琉球石灰岩の空隙(くうげき=すき間)に水をため農業用水として利用する世界初の地下ダム(砂川地下ダム=有効貯水量六千八百立方メートル、福里地下ダム=有効貯水量七千六百立方メートル)が相次いで建設され、豊富な地下水を利用した農業が可能になりました。施設園芸も可能になり、マンゴーやゴーヤ、インゲン、トウガン、カボチャ、パパイヤなどの生産が増加しています。

鉄人レース

 宮古島といえば、全国に知られているのが四月の全日本トライアスロン大会。透き通った海と真っ白な砂浜を舞台に展開する鉄人レースには参加者や観光客で五千人が集います。

 宮古島市は民主市政で、日本共産党は市町村合併で七十の定数が二十八に大幅に削減されるなかで一議席を確保し、毎週「議員だより」を発行しています。

 財政力を無視して「箱もの」建設に走った前市長時代の累積赤字が大きく、農村部では、「合併しなければ良かった」という声も上がり、国の弱者切り捨て政治のしわ寄せも受けて深刻です。共産党は住民アンケートによせられた声に耳を傾け、社保協提出の後期高齢者医療制度の四月実施の中止・撤回を求める意見書を可決させたほか、国保税の負担軽減、巡回バスの運行、自然環境の保護などの要求実現に全力を挙げています。最近、日本共産党が三十年も前から提案してきた「地産地消」の政策に光があてられています。(上里樹市議)


最南端と最東端 鯨泳ぐ海

東京都 小笠原村

元日に海開き

地図

 東京都小笠原村のこの冬の最高気温は二二―二四度。正月は、一般の人が行くことのできる場所としては日本一早い“初日の出”を母島で迎えることができ、元日の海開きには観光客ら千人がアオウミガメの放流などを楽しみました。三日には普段帰島がままならない新成人十四人が成人式をすませました。ザトウクジラの目撃が徐々に増え、“島の冬”が深まっていきます。

 小笠原村は、東京から南へ千―二千キロの広範囲に点在する島々(小笠原諸島)からなる“日本最大の村”です。日本領土の最東端の南鳥島、最南端の沖ノ鳥島をはじめ、中心地の父島と母島にそれぞれ約二千人と四百五十人が暮らし、その南二百八十キロに先の戦争で玉砕した硫黄島(今も帰島が許されず海上自衛隊が駐屯しています)、そのすぐ北と南には手付かずの原生林に覆われた“日本最後の秘境”北硫黄島と南硫黄島があります。

 太平洋戦争でアメリカに占領された島は、一九六八年にやっと返還され、帰島が始まって今年で四十年目を迎えます。航空路はなく、約一週間に一度の定期船で内地との行き来と生活物資が運ばれ、村民は観光を中心に、農、漁業で生計を立てています。

若者多く活気

 党は返還初期のころから村の再建のため、村民と力を合わせてきました。そして現在、若者がとても多く活気のある島となり、逆にその不便さを魅力と感じて移り住んでくる人も多くなりました。

 三十人規模のユースホステルを営みながら村の観光協会宿泊部長をつとめる佐々木等史さん(44)は「なかなか行きにくい島だからこそ、鯨やイルカなどに出合って、もう一度来たくなるのでしょうね。小笠原の人の優しさにもふれて、住まいを移す人も少なくないです」といいます。

 小笠原の固有の生き物たちが織り成す生態系は世界的にも貴重で、世界自然遺産の候補地にも選ばれ、三年後の登録を目指しています。佐々木さんらは観光客にトレッキングガイドツアー、シーカヤックなど、自然に負荷をかけない観光である“エコツーリズム”を推奨し、自然を大切にする小笠原ルールブックの啓蒙(けいもう)にも努めています。

 私は北海道出身ですが、縁があって二千キロも南下、在住三十五年となります。昨年のいっせい地方選挙で、村民アンケートに託された要望をもとに四選を果たし、台風の襲来で被害を受けたマンゴーやパッションフルーツ、レモンの対策、返還四十年来の航空路問題、老人福祉や子育て支援、中学三年までの医療費援助拡大など、山積みの問題に取り組んでいます。

 さらにいま、原油高騰でガソリン代が一リットル二百四十円に値上げされるなかで、四月から生活航路である定期船の運賃に三千円を上乗せする調整金がかけられようとしている問題にも取り組んでいます。

 島民の暮らしが豊かになるように、自然を大切にする人たちとともに歩んでいきたいと思います。(佐々木哲子村議)


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