2007年9月17日(月)「しんぶん赤旗」

日本軍 住民虐殺から75年

平和と歴史の真実守る日中の国民誓う

平頂山


 【撫順(遼寧省)=山田俊英】一九三二年九月十五日夜から十六日にかけて、日本軍が中国東北部の平頂山で住民を虐殺した事件から七十五年を迎えた十六日、現地、遼寧省撫順市で追悼式典が行われ、市民約二千人と日中友好協会など日本から訪問した人たちが世界平和を誓いました。


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 式典は市郊外の撫順平頂山虐殺記念館の記念碑前で行われました。午前十時、市全体にサイレンを鳴らして黙とう。市や犠牲者の親族らがあいさつし、「二度と悲劇を繰り返さない」と誓いました。

 主催者を代表してあいさつした中国共産党撫順市党委員会の周忠軒書記は「世界平和の実現のため日本人民を含め、世界の人々と力を合わせていきたい」と述べるとともに、「日本の軍国主義者が侵略の歴史を美化し、改ざんすることは絶対に許さない」と警告しました。

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(写真)平頂山虐殺75周年追悼式典で記念碑にささげられた花輪=16日、撫順(山田俊英撮影)

 撫順市は七十五周年にあわせて記念館を全面的に改築しました。発掘された遺骨の展示館も新しい保存装置を備えたものに拡充しました。事件の資料を集めた展示館が新設され、近く一般公開されます。

 生存者の一人、楊宝山さん(84)の娘婿、劉伝利さんは「平和と友好のため、これからも日本の人たちと力を合わせていきたい」と語りました。

 この事件では、日本軍は「記念写真を撮る」「会合を開く」と住民をだまして集め、機銃掃射などで虐殺。犠牲者は、中国側の調査で約三千人にのぼりました。日本軍は一年前の三一年九月から中国侵略を開始していました。事件は、日本軍が占領していた撫順炭鉱を中国の武装抵抗勢力が襲撃したことへの報復といわれます。

 平頂山事件の生存者三人が九六年、日本政府に謝罪と賠償を求めて裁判を起こしましたが、〇六年の最高裁判決で賠償請求の棄却が確定。現在、原告や支援者が日本政府に謝罪や記念碑の建設を求める運動を続けています。

 この日は式典後、弁護団と中国側研究者らがシンポジウムを開きました。日本からの参加者は現地調査や生存者との交流会を行いました。


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