2007年8月19日(日)「しんぶん赤旗」

エベレスト登山での突然死を考える

条件整うも 危険減らず


 今春、世界最高峰エベレスト(中国名チョモランマ、8848メートル)の最高齢登頂記録を柳沢勝輔さんが更新しました。一方で、日本人が登頂後に突然死する事故も起きました。8日には東京都内で「高所登山における突然死を考える」シンポジウムが開かれ、約170人が参加しました。同シンポジウムの討論から、この問題を考えてみました。(青山俊明)


 エベレスト登山はいま、ガイドが引率する商業公募登山隊が主流になっています。明暗を分けた2人とも公募隊に参加していました。登山客は遠征の手続きや装備の運搬、ルート工作や荷上げなどをすべてガイドに任せて自分が登ることに専念できます。

公募隊で

 1991年、エベレストに初めて同隊が登場すると、この方式が瞬く間に広がりました。毎年やってきて経験を蓄積している有力商業公募隊はエベレスト登山に欠かせない存在です。

 今春、死亡事故があったアドベンチャーガイズ(AG)隊は日本人による商業公募隊です。エベレスト再々挑戦だった63歳の男性客が登頂後、8650メートル地点で突然座り込んで、そのまま死亡しました。同隊の大蔵喜福隊長は「アイゼントラブルがあったが、1時間遅れただけだったので(体調は)全然問題ないと思った。出発前の健診や低酸素室訓練の結果もみている。健康状態に問題ないと判断した」と話します。

 「突然死とは、それまで死に至ることが予想される疾患がなく、症状の発生から24時間以内の、事故や自殺でない死」と、高所医学が専門の了徳寺大学健康科学部学部長の増山茂教授は説明します。心臓や脳血管、動脈などの病気が多く、日本では年間2万件もあることを紹介しました。今回のようなケースは高山病による死ではないと増山教授は推測します。

 AG隊の登山戦術は、酸素を多用して登山期間を短くするのが特徴です。従来の方法なら登山期間は約4カ月、有力公募隊でも2カ月弱かけます。AG隊は日本出発から登頂まで32日間、帰国まで40日ほどです。大蔵隊長は「高齢者がどうやったら望みをかなえられるか、考えて立ち上げた戦術」だと説明します。

 登山関係者からは酸素に過度に依存することの危険性を指摘する意見があります。しかし、登山の運動生理学を研究している鹿屋体育大学の山本正嘉教授は、登山期間を短縮することで「疲労の回復が遅い中高年の身体へのストレスを減らすことができる」と評価します。出発前に時間をかけて低酸素室トレーニングをするのも「年間通じて計画を組む現代のスポーツトレーニングの方法論によく似ている」といいます。

 山本教授は一方で、「頂上アタック時に身体への負荷のかかり方が急激に増え、破たんに結び付きやすい」と戦術の弱点も指摘します。登頂日の行動時間は15時間。「日本でそれだけのトレーニングをしたら、そこで死ぬかもしれない。甘いものではないという自覚が必要だ」と警鐘をならしました。

高齢だと

 循環内科医の上小牧憲寛さんは高所登山による突然死の原因として▽低酸素と緊張で血管が拡張と収縮を繰り返しストレスが増す▽脱水による血液の濃縮―などを挙げます。高齢者は動脈硬化が進んでいるために発症しやすく、さらに高所では体調に異常を感じても高山病だと思って歩き続けて突然死を招く恐れがあるといいます。事前の健診で運動時の心電図を限界まで負荷をかけて取れば、ある程度避けられる可能性もありますが、それでも百パーセント防ぐことはできません。「60歳を過ぎて高峰に行けば死ぬ可能性が高い」と上小牧さんは断言します。

 山岳ジャーナリストの池田常道さんは「エベレストはガイドも客も下手をすれば帰ってこれない、平等に危険を引き受けて登る山。ガイドが“登らせてあげる”ことはできない」といいます。

 公募隊の登場で、エベレストは高齢者でも登れる条件が整ってきたといえます。しかし、それで高所の危険が減ったわけではありません。主催者には、その現実を客にきちんと説明することと、安全確保でいっそう厳しい基準を持つことが求められます。「それができなければヒマラヤ公募登山隊の発展はない」。池田さんは忠告します。


今春は過去最高 520人が登頂

 エベレストの登頂者は3565人になりました。今春は約520人が登頂、1シーズンで過去最高の登頂者を記録しました。

 日本人は38年間で146人(実数は129人)が登頂していますが、下山中に7人が死亡。登頂後に死亡する確率は5・4%、20人に1人の割合です。

 日本人登頂者の平均年齢は約39歳ですが、最近の5年間でみると約45歳とやや高め。今春は47歳にまで上がり、公募隊参加者に限れば平均年齢は約51歳とさらに高くなっています。


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