2007年7月5日(木)「しんぶん赤旗」
経済時評
「イノベーション25」の問題性
「家事から解放、一家に一台家庭ロボット」、「走れば走るほど空気を綺麗(きれい)にする自動車」、「カプセル1錠で就寝中に健康診断」―これらは、大きなイラスト入りで全国紙に掲載された政府広報「イノベーション25」(中間報告)の未来図です。
「イノベーション25」は、六月一日に閣議決定された長期戦略指針で、「25」とは、二〇二五年を目標にするという意味です。安倍内閣は、特命担当大臣を置き、参院選挙へむけて鳴り物入りで宣伝しています。
イノベーションとは、日本では、「技術革新」や「経営革新」の意味で使われていますが、政府の解説では、「全く新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすこと」としています。
日本のイノベーションの現実に目をつぶる
先に紹介した「イノベーション25」の代表例をみると、「技術革新」によって、ばら色の未来が約束されているかのような錯覚に陥ります。しかし、はたしてそうなのか。
全文八十三ページの戦略指針を一読しての印象は、日本の経済社会におけるイノベーションの実態、科学・技術政策の問題点の解明がまったくなされないまま、技術発展の課題と展望だけが一面的に描かれていることです。
科学・技術の発展は、人類の進歩、文明の発達の表れです。しかし、現実の資本主義社会では、イノベーションの影響は、明暗が絡み合っています。たとえば近年のICT(情報通信技術)の急激な発展は、一面ではインターネットや携帯電話の普及など、生活の利便性を高めていますが、他面ではICTが経営と労働の効率化の手段に使われ、リストラ・人減らし・非正規雇用への切り替え・賃金抑制が強められてきました。ICT革命は、大企業の利潤を急増させた半面で、社会的な貧困と格差を拡大してきたのです。
「イノベーション25」では、「日本の人口減少・高齢化」や「地球の持続可能性を脅かす課題の増大」をあげ、地球環境、水・食糧、テロ問題などの課題も列挙しています。
しかし、それらは、イノベーションによって解決される課題としてしかとらえられていません。そこには、科学・技術の発展が「資本の生産力」(注1)として利潤追求の手段にされることから生まれる新たな矛盾、社会的ゆがみにたいする認識が欠けています。
EUでは、雇用拡大、環境保護、CSR(企業の社会的責任)と一体
「イノベーション25」の一面性は、他の発達した資本主義国のイノベーション戦略とくらべると、いっそうきわだちます。
たとえば、二〇〇〇年のEU(欧州連合)首脳会議は、一〇年までに欧州を「世界最強の競争力と活力を持つ知識基盤社会」に改革するというリスボン戦略を採択しました。「知識基盤社会」とは、新しい知識・情報・技術が、政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤となる社会のことです。
EUのリスボン戦略の重要な特徴は、雇用の拡大や環境保護などを、「知識基盤社会」戦略の基本的な政策目標に位置づけていることです。それを実現するために、イノベーション戦略とCSR(企業の社会的責任)とが一体的に結びつけられています。(注2)
昨年十一月、ドイツの政労使代表団が訪日し、日本経団連と懇談しました。イノベーションが話題になったさい、ドイツの代表は、「両国経済は厳しい国際競争にさらされているとの認識を示しながら、…技術革新や製品・サービスの質の向上をめざすべきであり、決して労働条件を引き下げるようなものであってはならないと強調(した)」(「日本経団連タイムス」〇六年十二月一日)といいます。
EU諸国も人口減少・高齢化に直面して、労働生産性の向上が課題となっています。そのため、EUの財界・大企業も労働法制の規制緩和、成長優先の政策を求めています。しかし、新自由主義的政策の影響が強まるなかで採択された新リスボン戦略(〇五年)でも、CSRを前提に、今後五年間に六百万の雇用を創出する目標をかかげています。
安倍流「戦後レジーム(体制)からの脱却」と一体化する危険
安倍内閣の「イノベーション25」を大歓迎しているのは財界です。日本経団連の御手洗冨士夫会長は「われわれの主張と軌を一にする」という談話を出しました。
財界の長期戦略(「御手洗ビジョン」)では、「INNOVATE(イノベイト)日本」の旗印をかかげて、「科学技術を基点とする狭義のイノベーション」だけでなく、「教育や国・地方のあり方、憲法などの変革(広義のイノベーション)」を強く主張しています。
安倍晋三首相は、「戦後レジームからの脱却」をかかげて、憲法改悪はじめ教育、労働、地方制度などの「改革」を推進するとしています。まさに財界と「軌を一に」する路線です。
「イノベーション25」では、「世界的課題に貢献する戦略的フロンティア」の一つとして宇宙開発をあげています。その第一歩として、「宇宙基本法」案が今国会に提出され、継続審議となる方向です。同法案は、宇宙利用について「平和の目的」に限るとしている国会決議(一九六九年)を覆して、偵察衛星からの情報の軍事利用に道を開くのがねらいです。
「イノベーション25」は、憲法九条改悪路線のもとで、日本の科学・技術の全面的軍事利用に拍車をかける危険もはらんでいます。(友寄英隆)
(注1)マルクスは『資本論』のなかで、科学・技術の応用による「労働の社会的生産力」の発展は、資本主義のもとでは「資本の生産力」として現われ、搾取強化の手段になると指摘している。
(注2)EUのリスボン戦略とCSRの関係については、「企業の社会的責任(CSR)」(国立国会図書館『調査と情報』476号、〇五年三月二十四日)を参考にした。

