2007年5月26日(土)「しんぶん赤旗」
経済時評
M&Aをどう考えるか
今年五月から、外国企業がM&A(エム・アンド・エー)によって日本企業を買収しやすくなる「三角合併」(注1)が解禁されました。昨年五月に施行された新会社法のなかで一年先送りされていた制度です。
今年春に放送されたNHKTVの土曜ドラマ「ハゲタカ」では、米国の投資ファンドによる日本企業にたいするM&Aを正面からとりあげ、なかなか見応えがありました。
また五月中旬のNHKスペシャル「“敵対的買収”を防げ」では、インド人ラクシュミ・ミタル氏がM&Aで世界の二十以上の鉄鋼メーカーを次々と買収して世界一の鉄鋼王となったこと、そして同氏の次のターゲットは世界一の技術力を誇る新日本製鉄に向けられていることなどを、生々しく伝えていました。
M&A―「企業の合併・買収」という用語は、最近では、新聞の経済面だけでなく、TVニュースや週刊誌でも、日常的にとりあげられるようになっています。
M&Aとは何か。それは、国民の立場からは、どう考えればよいのか。
M&Aの新しさは、「貨幣資本」の段階での買収が先行すること
「企業の合併・買収」ということ自体は、昔からあることで、資本主義社会では珍しいことではありません。(注2)
では、最近になって、M&Aが注目されるようになったのはなぜなのか。M&Aは、従来の合併・買収とは、どこがどう違うのか。
結論から言えば、最近のM&Aの特徴は、企業の合併・買収が実行される中心的舞台が、「貨幣資本の市場」=資本市場に移ってきていることにあるといえます。
資本は、「貨幣資本」↓「生産資本」↓「商品資本」という三つの姿をとりながら、たえず循環運動をしています。M&Aは、このうち、主に「貨幣資本」の段階で、株式の買収などによっておこなわれます。
従来の企業の合併・買収の場合は、「生産資本」の段階での事業の統合を目的に、経営者同士が長期間の話し合いをおこないながら実現するのが通常のケースでした。経営者の合併合意後に、両社の株式の交換・統合がおこなわれました。経営者同士の合意がない場合の株の買い占めは、“乗っ取り”と呼ばれ、乱暴なやり方とみなされてきました。
ところが、最近のM&Aの場合は、「生産資本」を管理している経営者が主導するのではなく、「貨幣資本」(株式資本)の所有者や投資ファンドが主導して、もっぱら株主の利益を増やすための投資戦略として実行される場合が多くなっています。
ボーダーレス、敵対的M&A、ハゲタカ・ファンドの跳梁
企業の合併・買収が「貨幣資本」の段階でM&Aとして実行されるようになったことから、重要な変化が生まれてきました。
第一に、「貨幣資本」の段階でのM&Aによって、投資ファンドによる異業種間の合併がやりやすくなるとともに、海外から多国籍企業や投資銀行による買収もボーダーレス(国境超え)で実行できるようになりました。インドのミタル氏が欧州の鉄鋼トップ企業を買収したり、日本企業を狙ったりすることが、簡単に可能になってきたのです。
第二に、M&Aでは、「生産資本」を管理している経営者の意向などを無視して、株式の公開買い付け(TOB)などの手法で、資本力にまかせて強引におこなわれるのが特徴になってきました。いわゆる敵対的M&Aです。
第三に、M&Aのなかには、「貨幣資本」としての利益を短期間にあげるために、買収企業を転売したり、事業をばらばらに解体して切り売りすることを目的とするものも出てきました。M&Aそれ自体をもうけ仕事にする、いわゆるハゲタカ・ファンドです。
M&Aにかぎらず、一般に企業の合併・買収では、事業の再編にともなう徹底的なリストラ・人減らしがおこなわれてきました。
M&Aによる労働者のリストラにたいし、ルールの確立を
敵対的M&Aでは、短期に利益をあげるために、いっそう無謀・無責任なリストラが強行されます。政府の『経済白書』でさえ、こう述べています。
「近年、リストラの手法としてM&Aが注目されており、特に外資系企業によるM&Aが多数みられる。この場合、収益重視の観点から、非効率な部門は雇用を含めて整理(する)」(『経済白書』一九九九年度版)。
厚労省は、「投資ファンド等により買収された企業の労使関係に関する研究会」を設置し、昨年五月に報告書を発表しました。しかし、この報告書は、「投資ファンド等が被買収企業に対して団交義務を負うことを一般的ルール化することに反対する日本経団連の主張が報告書に反映される形となった」(『日本経団連タイムス』〇六年六月八日)ものでした。
M&Aによる企業再編、労使関係や雇用・労働条件の変更にたいして、労働者の権利を守るルールの確立が求められます。
M&Aのなかには、企業の成長・発展を目的として、とりわけ急速に進展する技術開発力を集中するためにおこなわれるものも少なくありません。その意味では、今日のM&Aを一般的に否定することはできないでしょう。
しかし、ハゲタカ・ファンドによる横暴なM&Aなどは、国民経済にとって、けっして好ましいことではありません。
いまから三十九年まえの一九六八年五月一日、八幡製鉄と富士製鉄の合併構想が発表されたとき、近代経済学者九十人が合併反対の意見書を発表しました(同年六月十五日)。合併による巨大独占体の形成は、「日本経済の成長の原動力をそこなう恐れがある」という理由からでした。
しかし、「新自由主義」派の経済学が主流となったいま、敵対的M&Aの跳梁(ちょうりょう)に異を唱える近代経済学者は、“寂(せき)として声なし”です。(友寄英隆)
(注1)三角合併 被買収企業の株主に、買収企業の親会社の株式を対価として渡す合併手法。通常の合併が一対一の関係なのにたいし、親会社という第三者が加わるため、こう呼ばれる。
(注2)マルクスは、『資本論』第一巻第七篇「資本の蓄積過程」のなかで、資本の合併の意味を、「資本の集中」の問題として解明している。

