2007年3月26日(月)「しんぶん赤旗」
「帰ってきたばい」
福岡西方沖地震から2年
玄界島島民ら帰島始まる
二〇〇五年三月に福岡・佐賀両県で震度6弱を記録し一人が死亡した福岡県西方沖地震で、家屋の倒壊などで玄界島(福岡市)を離れていた島民らの帰島が二十五日、始まりました。久しぶりに子どもたちの声が響き、島の仮設住宅で生活していた島民らと「帰ってきたばい」と言葉を交わしていました。
この日、福岡市の「かもめ広場」から帰島したのは百世帯のうち六十世帯。島内の仮設住宅と完成したばかりの県営住宅に分かれて引っ越しました。
島内の仮設住宅に住む男性(75)は長男夫婦と孫二人が帰島。「孫の顔を見るとピリッとするね。今日の夜の一杯はおいしかろう」と顔をほころばせました。
福岡県西方沖地震はマグニチュード7・0、約千人の負傷者を出しました。玄界島では、密集して斜面に立っていた家屋が軒並み倒壊。一時全島避難を強いられました。
「じいちゃん、玄界島に帰ってきたよ」。帰島した女性(78)は、小さなリュックに入れた夫の位牌に声を掛けました。
「本当にうれしい。生まれ育ったところ。島に帰って来さえすればみんな、おるけんね」
自宅が被害を受け地震直後、二男夫婦、孫三人と一緒に島外へ避難。昨年五月、亡くなった夫は「玄界に帰りたい」と繰り返していました。
「ただいま、またよろしく」。女性は島民らと声を交わし、涙をぬぐいました。
(藤川良太)

