2007年1月8日(月)「しんぶん赤旗」

経済時評

「御手洗ビジョン」の現実認識


 日本経団連(日本経済団体連合会)は元日に、今後十年間の日本のあるべき姿を描いたという政策提言「希望の国、日本」(御手洗富士夫会長の名前を取って「御手洗ビジョン」と呼びます)を発表しました。四年前の元日に奥田碩前会長時代に発表した「奥田ビジョン」に続く、財界の「日本改革論」です。

 「御手洗ビジョン」には、アクションプログラムとして、重点的に取り組むべき課題百十四項目が盛り込まれています。

 その中身は、すでに「しんぶん赤旗」七日付でもくわしく報道したように、大企業減税や消費税増税、社会保障の縮減、ホワイトカラーエグゼンプション(労働時間規制の適用除外)の実現、道州制の導入、愛国心教育の推進、「ミサイル防衛」能力の向上、二〇一〇年初頭までに「憲法改正を実現」などなど、財界の要求が列挙されています。いわば財界要求の“言いたい放題”という感じのビジョンです。

「弊害重視派」と「成長重視派」

 どのような階級的立場に立とうとも、政策提言をする以上、現実をどう認識しているか、客観的な現実分析が基礎になります。

 「御手洗ビジョン」の現実認識の特徴は、現在の日本経済論のタイプを「弊害重視派」と「成長重視派」に区分けして、この二分法ですべて片付けていることです。

 日本社会のさまざまな困難や矛盾に取り組む人々を「弊害重視派」のレッテルを張って、現実認識の入り口でシャットアウトする―これは、日本経済の矛盾から自ら目を背けるという、都合のよい「分析方法」になっています。

 そのために、労働者の労働実態、国民の生活実態は、まったく無視されています。たとえば、昨年マスメディアもとりあげ、社会問題にもなっているワーキングプア、偽装請負、サービス残業、社員のうつ病・神経症などの「心の病」、家計の負担増への悲鳴などなどは、一言もでてきません。

 国内の情勢認識だけではありません。

 「御手洗ビジョン」には、御手洗会長名の「序」という文章がありますが、そこでは、アメリカ経済を「九〇年代のニューエコノミーと呼ばれる奇跡の復活」によって「空前の繁栄」を成し遂げたと描いて、アメリカを手本にすべきだという御手洗会長の“信念”が長々と披歴されています。しかし、そのアメリカが、いま史上最大の経常収支赤字をかかえてドル暴落の不安におびえている現実などは、いっさい視野に入っていません。

「大企業の繁栄」矛盾が見えない

 それにしても、財界の現実認識は、なぜこんなにも一面的なのか。

 すでに、財界は、一種のユーフォリア(Euphoria 陶酔的熱狂)状態に入っているからなのかもしれません。

 経済学でいうユーフォリアとは、景気循環の繁栄局面の頂点で、資本のもうけが最高水準に達したときに、資本が陥る「夢幻境」の局面をさしています。ユーフォリアに入ると、資本は、自らの繁栄に目がくらんで、現実に累積している矛盾はいっさい視野に入らなくなります。

 たとえば日本でも、かつての「いざなぎ景気」の最終局面(一九七〇年代初頭)や「バブル景気」の最終局面(八〇年代末)には、一種のユーフォリア状態に陥り、無謀な「列島改造」の名による超高度成長政策を提案したり、アメリカの土地やビルを買いあさるなどの愚かな政策をすすめました。いずれも、爆発寸前に膨らんだ矛盾の存在が、まったく目に入らなくなっていたからです。

 いま、財界・大企業は、史上最高の利益が三年連続し、さらに今年も最高益更新は確実だといわれています。大企業の「空前の繁栄」によって、景気上昇期間もすでに「いざなぎ景気」を超えています。財界がユーフォリア状態に入る条件が生まれはじめているといってもよいでしょう。

失われた「総資本の立場」

 「御手洗ビジョン」の現実認識の一面性の根底には、今日の財界の構造的な特質もあると思われます。

 現在の日本経団連の前身である旧経団連が誕生(一九四六年八月)したとき、その目的は「日本経済の再建・復興」に置かれていました。そのために当時の経団連は、「総資本」の立場にたって、さまざまな利害の「調整役」などの役割もはたしていました。そのかぎりでは、財界も、かつては国民的な課題がある程度見えていたといえるでしょう。

 しかし九〇年代以降、とりわけ二〇〇二年五月に日本経団連が発足するころから、「総資本」の立場は、失われて、もっぱら主流派の巨大企業の立場(多国籍企業化した「勝ち組」資本の立場)を代表する利益集団に変質してきています。日本の経済社会の現実をとらえるときにも、そうした特定の利益集団にとって都合のよい現実しか見えないようになってきているといえるでしょう。

 たとえばアジア認識についても、それは現れています。

 「御手洗ビジョン」では、アジア重視を強調しているにもかかわらず、その前提となる「歴史認識」の問題や「平和の東アジア共同体」形成の課題などについては、一言もふれていません。あるのは、東アジア全域にEPA(経済連携協定)を締結せよというような、アジアの成長を日本の巨大企業の利益にとりこむための手前勝手な構想ばかりです。

 ユーフォリアに落ち込んだ資本は、決して自ら目覚めることはありません。目覚めるのは、膨れ上がった矛盾がついに爆発して、経済社会が大破たんするときです。しかし、それは、たんに財界・大企業にとっての不幸であるだけではなく、日本にとっての不幸であり、なによりも国民にとっての不幸です。

 「御手洗ビジョン」に見られるようなゆがんだ現実認識を変えさせることができるのは、労働者と国民のたたかいしかありません。(友寄英隆 論説委員会)


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