2006年10月27日(金)「しんぶん赤旗」

高校の履修不足 全国で なぜ―

進学実績を優先 ゆがむ受験指導


 高校で必修とされている世界史を履修させていなかった問題で26日、新たに北海道と長野、静岡、広島、鳥取、福岡など各県でも履修不足が発生していることが分かり、全国各地に広がっています。履修不足がなぜ起きたのか、その背景に何が―。


岩手県に見る

 岩手県内の進学校、実業校で教師として勤務経験がある女性(62)は、岩手県で必修科目の履修不足の高校が多いことについて、「受験目的の競争が激化していることがこのような事態を招いている」と話します。

 盛岡三高に通う息子を持つ女性(54)は「やっぱりという印象。見ていると、授業のペースが速く、宿題が多くて大変そう。高校が予備校化している」と言います。

 同県はセンター試験の順位が全国でも最低レベルにあるといわれています。加藤さんは「在職中はセンター試験の順位は最下位、下から二番目という時期もあった。これが原因とも言えないが、県内の進学校全体があせっている感じを受けた」と言います。加藤さんの担当教科は英語でした。「進学校では模擬テストの結果が出ると他校とよく比べており、平均点は何点で今回は何番目と教師間で伝え分析し合っていた。ストレスを感じながら現場にいた」

 同県では大学進学支援事業を行っており、県内の二十九校に総額四千六百五十万円の予算を出しています。具体的には東京都内の大学教員、塾の講師を招いて講演や小論文の講座を開いたり、教員の県外研修など。

 同県では都市部の高校と違い、高校自体が予備校や塾の役割も兼ねているといわれています。朝や放課後に課外授業をしたり、本来は六時間授業なのに、実際は八時間授業になっているなどです。

 畠山さんは「生徒たち自身が学ぶ楽しみを感じられないままになっていないか心配」と言います。加藤さんは「受験競争に巻き込まれている現場の状況は子どもたちを犠牲にしている」と話します。

 元県立高校教師で、教育基本法を守る岩手の会事務局の菅野宗二さん(62)は「今回の問題の背景に、とくに岩手県の姿勢があります。ここ数年、大学進学実績を上げるため、特別予算を配分して受験指導のゆがみを拡大しているのです。学習指導要領の内容と運用の検討も必要です。この機会に大学受験対策に特化した『進学校』のあり方も検討すべきです」と話しています。


必修科目の論議必要

 大東文化大学教授の太田政男さんの話 表向きの教育課程と実際がちがうという裏カリキュラムの存在は、以前から指摘されていました。それがいっそう、加速されている実態が、明らかになったといえます。

 競争が緩和されたといわれる客観的な条件ができつつあり、子どもの学習意欲の衰退が言われる一方で、受験競争は激しくなっています。中高一貫校が公立で増え、「公立復権」などと言われることは、その現れです。地方では県立の進学校が予備校的になり、授業が始まる前の「ゼロ時限」や、終わってからの「七時限」「八時限」まで補習したり、土曜日も補習するなどの受験対策が広がっています。

 その背景には、貧富などさまざまな格差が拡大しているという社会的な状況があります。ビジネスマンたちが、わが子を「負け組」にさせないために「いい高校、大学」に入れようという風潮も強まっているといわれます。そうした流れのなかで、今回の問題も明らかになったことをしっかり見る必要があると思います。

 子どもたちに、どんな教養を身につけさせるのか、そのために、どんな科目を必修とすべきか、という問題も含め、十分な論議が必要ではないでしょうか。


解説

背景に競争あおる政策

 世界史など必修科目の履修不足が明らかになったのは多くが「進学校」と呼ばれる高校です。多くは表向き履修したように虚偽のカリキュラムをつくっていました。

 背景には激しい受験競争があります。進学率を上げるため、多くの進学校では受験のための授業時間をいかに増やすかに腐心しています。

 学校五日制の導入で授業時数が減ったことをきっかけに、一時限目が始まる前の「ゼロ時限」、放課後の「七時限」、土曜日の「授業」が行われています。こうした中で、負担が重いとされる世界史を履修させず、ほかの受験科目の授業にあてるということが行われたのです。

 日本高等学校教職員組合の工藤毅・副委員長は「政府・文部科学省は格差づくりのための高校の多様化・再編を進めてきた。そうした政策が競争を過熱化し、高校での受験教育の肥大化を生んだ」と指摘します。

 文科省の主導で各地に設置された中高一貫校の多くが、受験中心の体制になっているといいます。東京都では高校多様化の一環として「進学重点校」を設け、公然と格差をつくっています。こうした政策が競争をあおり、各地で過度に受験教育に偏った学校運営を生み出しているといえます。

 さらに近年、学校評価制度の導入に伴い、文部科学省や教育委員会は、校長に対して数値目標を掲げるよう指導しています。この結果、進学校の中には、国立大学〇〇人合格などの目標を掲げる学校が増えました。今回問題になった高校のなかにも「各自の志望に応じ、国公立大学や有名私学への進学を果たす―70%以上」といった目標を設定しているところがあります。

 工藤さんは「父母や生徒の願いは受験だけではなく、教育基本法にあるように『人格の完成』をめざす教育です。政府の改悪案は数値目標の達成を競わせる体制をつくろうとしており、いっそう事態はひどくなります。その意味でも改悪案は廃案にすべきです。大学入試制度の改善も含め、教育基本法を生かした教育に変えていくことが必要です」と語っています。(高間史人)


 必修科目 高等学校で履修する科目は、高等学校学習指導要領(03年度から実施)で定められています。普通科の場合、教科数は、国語、地理歴史、数学、理科など10。そのうち、地理歴史については「世界史A」と「世界史B」のうちから1科目が必修です。さらに「日本史A」「日本史B」「地理A」「地理B」のうちから1科目が必修となります。授業を受けて、決められた単位を取得しなければ高校を卒業できません。


もどる
日本共産党ホーム「しんぶん赤旗」ご利用にあたって
(c)日本共産党中央委員会
151-8586 東京都渋谷区千駄ヶ谷4-26-7 TEL 03-3403-6111  FAX 03-5474-8358 Mail info@jcp.or.jp