2006年10月25日(水)「しんぶん赤旗」

安倍首相

「憲法の価値」認めるなら…


 「現行憲法が持っている主権在民、自由と民主主義、基本的な人権、平和主義といった原則は、普遍的な価値であり、当時の日本国民が希求していたものであるというのも事実だ」。二十三日の参院本会議での安倍晋三首相の答弁です。安倍氏といえば、憲法前文を「連合国に対する詫(わ)び証文でしかない」と敵視し、「戦後体制からの脱却」として改憲を掲げてきましたから、少し驚かされた答弁でした。

 もちろん、その後、「他方で、占領軍の影響下において、憲法が制定されたことも事実であり、いかに中身がすばらしいものであっても、制定過程にはこだわらざるを得ない」と“押しつけ憲法”論を展開。「私たち自身の手で新しい憲法をつくっていくことが必要である」と、改憲の持論を押し出しました。

言動との矛盾

 とはいえ、これらの発言は、本音を「封印」したといわれる歴史観同様、憲法問題でもこれまでの言動との矛盾をはらんでいるようにみえます。

 一つは、あからさまな戦前回帰は首相になった以上、口に出せなくなったという矛盾です。首相が「戦後体制の脱却」をいうとき、そこには「戦前的なもの」への郷愁が含まれていました。たとえば、首相は「戦後社会の『呪縛(じゅばく)』」として「『敗戦』と『戦前的なものへの反発』」をあげ、「最も典型的な例が、憲法改正に関する議論です」とのべていました(『安倍晋三対論集』)。

 しかし、憲法の諸原則の価値を認め、それを国民が「希求した」ものとする以上、“憲法タブー”が国民を「呪縛」してきたという議論は成り立ちません。

 同様に、「六十年たって時代にあわなくなってきた」という首相の議論も怪しくなってきます。首相は「中身がすばらしい」ことを認めただけでなく、今月上旬の日中首脳会談では「戦後六十年の平和国家としての歩みを正当に評価してほしい」と訴えました。この「歩み」を形づくってきたのは、ほかでもなく憲法の平和原則でした。

平和原則の核心

 その歩みに対する評価を他国に求める以上、平和原則の核心である九条改悪を狙った改憲は口に出せないはずです。

 残るのは、「占領軍の影響下に制定された」という形式論だけ。しかし、主権在民の原則や二五条の「生存権」の条項などが憲法制定の国会審議を通じて明記されたことだけをみても、形式的にも「押しつけ」論は成り立ちません。

 それでも安倍首相が改憲に固執するのは、海外での武力行使を可能にする集団的自衛権行使を容認する動きにみられるように、アメリカとともに「戦争する国」にすることに本当の狙いがあるからです。

 憲法の「中身」を認め、「戦後六十年の歩み」を語ろうとするなら、「海外で戦争する国づくり」を歩むことはできないはずですが…。(藤)


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