2006年10月4日(水)「しんぶん赤旗」

ルポ 印パ停戦ライン(下)

笑顔に和平への思い


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(写真)たくさんの荷物を運ぶポーターにも笑顔が=9月25日

 カシミール地方に六月二十日、第二の「平和のバス」路線が誕生しました。停戦ラインをまたぎ、ラワラコット(パキスタン側)とプーンチ(インド側)を結びます。

 バスの運行は月二回。取材した九月二十五日は七回目でした。この日はインド側から四十人、パキスタン側から三十七人が越境し、離散家族や親類を訪ねました。パキスタン側停戦ラインの村タトゥリノートには、多くの人たちが見送りに来ていました。

若手将校が握手

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(写真)中央の白い線が停戦ライン(LOC)。LOCをはさみインド軍兵士(右側)と握手するパキスタン軍兵士=9月25日

 停戦ラインは道路に引かれた白線です。そこで印パ両軍の若手将校が握手を交わしました。いずれも二十代。第三次印パ戦争(一九七一年)後に生まれ、「本格的な戦争は知らない」といいます。

 印パ両国は四八年、六五年、七一年の三回、戦争を経験しています。九九年には大規模な軍事衝突も起きました。

 記者(豊田)と将校たちとの間でこんなやりとりをしました。

 記者 「軍人として、平和のバスの運行に携わるときの感想は?」

 両軍将校 「われわれは任務を遂行するだけです」

 記者 「その任務は戦闘ではありません」

 両軍将校 「両国政府が進める和平対話は良いことだと思います」

 彼らは軍人のため政治的発言には慎重です。しかし、カメラの前で見せた笑顔が、その思いを十分に表していました。

 インドのムンバイで七月に列車爆破テロが起きた後、領土問題を含めた両国間の包括和平協議が中断しています。パキスタンのイスラム過激派がテロに関与している、とインドが主張し、延期を申し出たからです。

バスは両国の宝

 九月、キューバのハバナで開かれた非同盟諸国首脳会議を機会に開催された両国首脳会談で、和平協議の再開が合意されました。

 両国関係がぎくしゃくした七、八月も、「平和のバス」の運行は続きました。インド側住民で、パキスタン側から戻る乗客の一人アブドゥル・ハミートさんは言います。

 「平和のバスは両国の宝。運行が続けば必ず恒久和平は訪れる。両国は三度も戦争をしたが、カシミールの領土問題は解決しなかった。話し合い以外に解決方法はない」

 ハミートさんの妻エルシャド・ベガムさんは、昨年十一月のパキスタン地震以降、救援活動を通して両国関係が緊密になったことを喜んでいます。

 「地震の後、双方から電話をかけることが可能となりました。昔は手紙のやりとりも大変でした。今はバスで簡単に越境できます。二つの国に分断されていても、私たちは同じ言語、同じ文化を持っています」

 この場所がかつては戦争の最前線で、つい最近まで軍事的緊張が続いていたとは思えません。停戦ラインはいまや、平和の最前線となっています。
 (パキスタン側カシミール、タトゥリノート=豊田栄光 写真も)
(おわり)


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