2006年9月9日(土)「しんぶん赤旗」

自民党 総裁選の風景

軍歌酒場の“安倍親衛隊”


 自民党総裁選は八日、告示されました。自民党内は安倍晋三官房長官が圧勝する流れです。憲法と教育基本法の全面改悪を真正面から主張する党内最右派に位置する政治家・安倍氏に雪崩をうつ“自民党のいま”を探りました。(総裁選取材班、随時掲載)

 東京・銀座七丁目の路地裏通り。店の入り口右わきに日章旗。軍歌酒場「F」――。

 八月二日夜、自民党の若手議員の「軍歌をうたいつぐ会」が企画されました。案内状に「8月15日靖国神社参拝後の唱和のための軍歌演習を兼ねた暑気払いです」。

 終戦記念日を前に軍歌を高歌放吟する自民党若手議員たち。自民党内で“安倍青年親衛隊”と評されます。軍用迷彩服を着用し、モデルガンを手にするのが趣味というメンバーもいます。

初当選組

 軍歌を歌う若手議員は昨年総選挙で初当選した議員(八十二人)の半数でつくる「伝統と創造の会」(会長・稲田朋美衆院議員、四十一人)の一部メンバーでした。同会は今年二月十一日に旗揚げ。「自由民主党の立党の精神に立脚し、誇るべき伝統や国家の品格を守りつつ新たな日本を創造する」(設立趣意書)を掲げます。

 メンバーの歴史認識を最近の発言からみると――。

 稲田議員「(靖国神社問題は)憲法改正に伴いこれから自衛戦争や国際協力戦争で亡くなった人が出たら、どこで慰霊するのかも含めて議論が必要」(福井新聞八月十五日付、加藤紘一自民党元幹事長との対談)、「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」(月刊誌『WiLL』九月号)

 赤池誠章議員「(日本の歴史は)戦前・戦後というようにわけられるものではない」「(靖国参拝に反対する中国、韓国とは)付き合わなければいい」「中国を封じ込めるのに必要なのは軍事力ですよ」(同誌)

右派結集

 改憲―軍事力背景の外交―自衛戦争―戦死者―戦争へ志願する国民精神をはぐくむ戦争神社と教育が必要、というメンバーの発想には危うさと右翼的な冒険主義がむき出しです。戦前と戦後を分かつ平和と民主主義という戦後国民の常識を拒絶する響きがあります。一昔前なら自民党内でも“極右派”と呼ばれる異端の政治潮流に属する考えです。

 若手右派議員は“安倍的”政権を政治信条とイデオロギーから熱望します。八月二十六日の自民党北信越ブロック大会で総裁選予定者討論の司会者をつとめた稲田議員は、その感想をこう語っています。「一番感慨深く聴いたのは、安倍官房長官が政策として戦後体制の是正と自主憲法の制定をまっさきに掲げられたことです。誰もできなかったことに安倍官房長官は挑戦しようとされているのです」(八月二十八日、伝統と創造の会『会長通信』二十二号)

 こうした流れに「平和を願い真の国益を考え靖国参拝を支持する若手国会議員の会」、国家基本政策協議会、「日本の領土を守るために行動する議員連盟」、「海外派遣自衛隊員を支援する国会議員の会」、日本会議国会議員懇談会、拉致議連など党内右寄りグループが合流、総裁選を通して自民党内の空気を急激に“国防色”に塗り替えています。

「危険思想派」が党内席巻

 自民党には改憲右翼タカ派の潮流は結党以来存在しました。一九六〇年代には岸信介元首相の側近議員らが中心になった素心会(千葉三郎元労相ら)、七〇年代に血判状で結束した青嵐会(中川一郎、石原慎太郎両氏ら)、八〇年代には国家基本問題同志会(亀井静香氏ら)などが改憲や日中国交正常化反対、教科書歴史問題是正、靖国参拝推進などを掲げて活動しました。

 とはいえ、その行動と主張にはタカ派保守の節度と歯止めが多少なりとも感じられました。「国家基本問題同志会には軍国主義者は一人もいない。『二度と再び戦争を起こさない』という一致した信念で……」(『国家基本問題同志会』八八年四月刊)。言葉の上では少なくとも軍国主義を否定し、不戦の立場をうたいました。

殺気立つ空気の中

 ところが――。いまや靖国問題で小泉首相の参拝を批判すると「媚中(びちゅう)派」「国賊」と激しいバッシングの嵐。北朝鮮がミサイル発射すれば敵地攻撃を、全面制裁をと、とめどもない過激な言葉が若手タカ派議員からためらいもなく発せられる――。

 靖国神社問題で異論を唱える加藤紘一元幹事長の実家が八月十五日に右翼団体幹部の放火テロに見舞われました。

 青嵐会の生き残り議員の一人である山崎拓元副総裁は月刊誌『論座』八月号で、タカ派と呼ばれてきた同氏自身さえ党内右派から「国賊扱い」と嘆くほどです。山崎氏は、自民党内の潮流について若手タカ派議員ら危険思想派一割、良識派三割、残りが大勢に流れる思考停止派と色分け。核武装論などを平然と主張する危険思想派が党内を引き回し、席巻しつつある――と同誌上で憂えていました。

 異論を許さない強圧と好戦色とがないまぜになった殺気立つ空気を背景にしながら、安倍晋三氏が総理総裁の有力候補に浮かび上がってきたというのが、これまでの経過です。

消えるリベラル色

 自民党の閣僚経験者は語ります。「かつて社会民主主義的な考えに近い議員も、護憲派議員も戦犯右翼といわれた議員も同居する自民党だった。幅広い国民の声を吸収でき、自民党長期政権の基盤だった。それが最近のほぼ十年で様変わり。軍事力信仰が強くなり、排外的な空気が覆う。それでいてアメリカにまるっきり弱い。硬直的な超保守政党に変わった感じ。小泉政権五年が拍車をかけた。一昔前の自民党ならば超過激保守主義者の安倍晋三君は総裁候補にはなれなかった」

 総裁選に立候補した谷垣禎一財務相も「自民党は(幅広さがなく)細くなったといわれる。幅広い国民の声を十分吸収する政党であることを、この総裁選で示さなくてはいけない」(七日夜、東京都内のパーティーで)と語っています。

 確かに、自民党結党一年後の一九五六年十二月の総裁選で靖国神社廃止論を唱えリベラル政治家といわれた石橋湛山氏が占領体制打破、改憲を掲げる戦犯容疑者だった岸信介氏(安倍氏の祖父)を破って総裁に就任した歴史もありました。一九九一年、九三年の総裁選では護憲派といわれた宮沢喜一氏、河野洋平氏(現衆院議長)をそれぞれ総裁に選びました。

 いまや九三年総選挙以後の当選議員が過半を占める自民党内では知る議員も少ない故事となってしまっています。

 二〇〇六年総裁選を通じて、国民が広く知る従来までの自民党とは似て非なる“右翼政党・自民党”への変質が同時進行しています。


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