2005年8月28日(日)「しんぶん赤旗」
渡辺えり子さん平和講演
父親と「戦争の悲惨さ伝える」
劇作家・俳優の渡辺えり子さんの平和講演会が二十七日、「中島飛行機工場の旋盤工だった父親から教えられたこと」と題して都内で開かれました。七十八歳の父親も山形から上京。渡辺さんは「私たちには戦争の悲惨さを伝えていく責任がある」「平和憲法がゆがめられることを阻止しなければ」と語りました。
同工場や周辺の空襲被害などを調査してきた武蔵野の空襲と戦争遺跡を記録する会が主催し、約四百人が参加しました。
渡辺さんは三十歳のとき、奇跡的に生き残った父・正治(まさじ)さんの戦争体験を初めて聞き「爆弾が父に命中していたら私は存在していなかった。(戦死した人たちから)生まれるはずの人が星の数ほどいることに気づいた」といいます。
渡辺さんはイラク戦争に反対し「非戦を選ぶ演劇人の会」の発起人。反戦の原点に父の体験があります。
正治さんは戦中、中島飛行機武蔵製作所に工員として勤務。五万人がいた巨大軍需工場だった同製作所は、一九四四年十一月二十四日に始まった日本本土空襲の最初の目標地。正治さんは空襲で親友を失い「正義の戦争」と疑わなかった思考から「これが戦争だ」と現実を知ったといいます。
「父ちゃん」と父親を呼ぶ渡辺さんは、当時の様子や心境を聞きました。途中、九月十一日投票の衆院選挙にも触れ、「戦争で苦労してきた親の世代から何を学ぶのか」と参加者に問いかけました。

