2010年10月19日(火)「しんぶん赤旗」

原爆症認定率急落 なぜ

基準・判決にも反する却下

心筋梗塞・肝機能障害…

国、「放射線起因」認めず


 原爆症認定制度で、2008年4月の認定基準改定以来、認定率が08年度の約98%から、09年度の約57%、10年4〜6月の約15%へと急落しています。厚労省が9月に初めて公表した、4〜6月の個別の審査事例から見えてくるものは―。(大野ひろみ)


 原爆症認定制度は、広島、長崎で被爆した人が、原爆放射線が原因とみられる病気にかかった場合に国が原爆症と認め、医療特別手当を支給するものです。

 08年の認定基準改定前は、入市被爆者や遠距離被爆者などは認定からはずされており、認定する病気も限られていました。

 原爆症認定集団訴訟でたび重なる敗訴と世論におされた厚労省は08年、「被爆者切り捨てだ」との批判の強かった認定基準を改定しました。(09年に一部再改定)

 爆心地から3・5キロ以内で直接被爆した人や、原爆投下から約100時間以内に爆心地から2キロ以内に入った入市被爆者などが悪性腫瘍(しゅよう、主にがん)や白血病など七つの病気にかかった場合、積極的に認定する(積極認定)とし、それ以外の病気や被爆条件の人も総合的に判断する(総合認定)としています。

弁護団が分析

 ことし4〜6月の審査事例1611件のうち、原爆症と認定されたのは積極認定の病気が242件、それ以外の病気が6件で計248件(約15%)。残り1363件は却下されました。

 審査事例を集団訴訟全国弁護団連絡会が分析したところ、積極認定の病気のうち、白内障と心筋梗塞(こうそく)、甲状腺機能低下症、肝機能障害(慢性肝炎・肝硬変)は、入市被爆者の申請がすべて却下されていました。直接被爆者も、被爆距離が1・8キロまでの近距離の人だけを認定。1・8キロ以内であっても却下される事例が相次ぎました。

 白内障は273件の申請のうち認定は4件。心筋梗塞は291件中14件、甲状腺機能低下症は132件中13件、肝機能障害は72件中8件の認定にとどまりました。

 この四つの病気の審査結果は、「3・5キロ、100時間以内」という認定基準の積極認定の要件が実際には運用されず、別の“理由”が適用されたためです。

“条件はずせ”

 原爆症と認定されるには、放射線起因性=病気が原爆放射線によるもの=と、要医療性=病気が医療を要する状態にあること=の二つの条件を満たす必要があります。

 しかし、弁護団の分析では、これら四つの病気の却下理由のほとんどが、被爆距離や入市時期にかかわらず「放射線起因性を認めない」でした。

 四つの病気には悪性腫瘍などと違って「放射線起因性が認められる○○(病名)」「加齢性白内障を除く」と条件がつけられており、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)や弁護団はこの条件をはずし、「3・5キロ、100時間以内」の人を原則として認定するよう求めています。

「従来」に固執

 分析では、総合認定も厳しい結果となり、「幅広く認定する」という機能が働いていないことがわかりました。

 積極認定となっている悪性腫瘍は609件の申請のうち175件が認定されました。「3・5キロ、100時間以内」の要件に該当しない悪性腫瘍の人の申請は総合認定となりますが、少数の例外を除いてほとんどが却下されていました。

 悪性腫瘍の却下理由をみると、「3・5キロ、100時間以内」の人では「要医療性を認めない」か「放射線起因性と要医療性の両方を認めない」が多く、3・5キロ、100時間を超えると「放射線起因性を認めない」が急増したのが特徴です。集団訴訟判決では、爆心地から5キロで被爆した人や約120時間後に入市した人が認められています。

 積極認定の七つの病気以外の病気にかかった人の申請は286件ありましたが、認定は6件だけでした。集団訴訟で勝訴している脳梗塞や脳血栓、熱傷瘢痕(はんこん=ケロイド)、甲状腺機能亢進(こうしん)症はすべて却下されました。

 なぜ集団訴訟で原告勝訴が相次いだのか。爆発後一分以内の初期放射線被爆だけを認定の判断材料にし、放射線降下物や残留放射線などの外部ないし内部被ばくの影響をほとんど無視した改定前の認定基準が断罪され、この基準で切り捨てられてきた遠距離被爆者や入市被爆者、幅広い病気が原爆症と認められたからです。

 しかし、今回の審査事例からは、この流れに逆行し、従来の審査方針に固執する厚労省の姿勢が透けて見えます。

 2度にわたり改定された認定基準は、「被爆者援護法の精神に則り、より被爆者救済の立場に立ち…被爆の実態に一層即したものとする」(前文)とのべ、幅広く原爆症と認める方針を打ち出しました。09年8月に日本被団協と政府が交わした、集団訴訟の終結にむけた「確認書」は、今後、訴訟の場で争う必要のないよう、厚労相との定期協議の場を通じて認定基準の改定や運用の改善をはかることをめざしています。

被爆者の怒り

 審査事例について日本被団協や弁護団からは「裁判結果を考慮したところがまったく見られない」「新しい審査の方針(改定された基準)や被爆者援護法の趣旨を完全に忘却している」と批判が噴出しています。

 集団訴訟をたたかってきた日本被団協などは、被爆者援護法をより被爆者の権利を実現するものに改正することや認定基準の再改定を求めています。

 集団訴訟は、確認書に基づき、地裁判決が出るまで継続されています。5日に東京地裁で開かれた原告本人に対する尋問で、広島で被爆した畑谷由江さん(72)は訴えました。「いまも体と心の苦しみを持ち生活しております。原子爆弾がこんなに恐ろしいものだとは思っていませんでした。原爆は絶対にあってはなりません」

 集団訴訟は、核兵器廃絶への願いを込めて、被爆の実相を正しくみてほしいとたたかわれています。弁護団連絡会の宮原哲朗事務局長は、「今回の分析で、厚労省が相変わらず被爆実態・被爆者の苦しみと正面から向き合おうとしていないことがよくわかりました。被爆者はこのままでは集団訴訟を終わらせることはできないと怒っています」と話しています。





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