2010年7月28日(水)「しんぶん赤旗」

韓国併合100年

歴史認識共有なぜ必要か

崩れた「合法的植民地」論


 日本が朝鮮半島を植民地とした「韓国併合」から100年になるのを機に、日本政府の対応が注目されています。日本が首相談話を検討していることについて、「新たな韓日関係を開くための賢明な判断に期待する」との韓国外交関係者の発言も伝えられています。「併合100年」で、いまなぜ、何が問われるのでしょうか。(近藤正男)


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(写真)韓国併合の方針を決定した1909年7月6日の閣議決定文書。併合は「帝国百年の長計」と明記されている

 「地図の上朝鮮国にくろぐろと墨をぬりつつ秋風を聴く」

 石川啄木が「韓国併合」のニュースを聞き、やがて来る冬の時代の厳しさを歌にこう託したのは、1910年のことです。そこから1945年8月、日本帝国主義が敗北するまでの35年間、朝鮮半島は日本の植民地支配に置かれました。

 日韓間でいま懸案となっているのは、日本政府がいまだに併合条約は「有効に結ばれた」「法的には合法」という解釈を改める立場にたっていない問題です。

 日本政府は戦後も一貫して韓国併合の正当性を主張しました。植民地化の根拠となった併合条約について、「日韓双方が、対等の立場で、自由な意思で締結した」もので「有効・合法の条約だった」というものです。これは、「併合は韓国国民の意思だった」「韓国・朝鮮側にも半分の責任がある」という恥知らずな植民地正当化論です。

 この主張が崩れたのは、戦後50年たった1995年のことです。村山首相が国会で、「当時の状況から考えてみて、対等平等の立場で結ばれた条約とは考えておりません」(95年10月17日、参院予算委)と政府見解を変更しました。「対等の立場でも、自由の意思で結ばれたものでもなかった」ということは、日本が武力と脅迫的言辞によって韓国に威圧を加えて条約締結を強制した、ということにほかなりません。

 条約締結の前提が崩れ去っているのに「有効・合法」と言い張るのは、強弁というべきです。合法的に植民地にしたという主張は、「過去の植民地支配と侵略に痛切な反省とおわび」と表明した95年の村山首相談話との整合性もありません。

 こうした「有効・合法」論への固執が、韓国併合は「会社の合併」や「町村合併」と同じだとか、「朝鮮人にも日本人と同じ権利を与えた」「日本は朝鮮の近代化に役立った」などという、歴史を歪曲(わいきょく)した無責任な発言の根源となっています。

 戦争と植民地支配を賛美する「靖国派」による意図的な言動が、しばしば日本と韓国などとのあつれきを呼び、アジア諸国との友好を阻害する要因となってきました。日本政府が侵略と植民地支配への根本的な反省を避けてきた結果にほかなりません。

 いま日本政府に強く求められているのは、植民地支配の清算であり、併合条約と35年間の植民地支配が不当・不法だったとする立場にたつことです。歴史認識の共有は、日韓間だけでなく日本とアジア諸国との友好関係の新しい展開にとって最小限の課題となっており、まさに100年前の問題ではなく、すぐれて今日の課題なのです。


「合法」に固執 問われる民主党政権

 併合条約は「有効・合法」といい続けるのか、民主党政権の対応が問われています。

 岡田克也外相はことし5月、記者会見で併合100年にあたって政府見解の見直しの有無を問われ、「日韓基本条約第2条ですべての条約及び協定はもはや無効であると確認されている。これが両国政府の考え方」と答えるにとどまりました。

 「日韓条約で決着済み」とは自民党政権時代からのいい方です。

 「日韓間でぎりぎり了解したところが日韓基本条約第2条に述べられているわけで、両国間で決着を見ているこの問題についてこれ以上せんさくすることは適当でないと考える」(1990年5月17日衆院予算委 福田外務省条約局長)

 民主党がこの「決着済み」論を踏襲するなら、朝鮮植民地化は合法だったという立場にたつものとして厳しい批判は免れません。

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