2010年1月19日(火)「しんぶん赤旗」
日本政府は防げた
中国遺棄毒ガス損害賠償訴訟 口頭弁論で弁護側
中国吉林省敦化(とんか)市郊外で2004年7月、旧日本軍が終戦前後に遺棄した砲弾から漏れた毒ガスで被害に遭った少年2人が原告となり、日本政府に損害賠償を求めている裁判の口頭弁論が18日、東京地裁(本間健裕裁判長)で開かれました。
原告側弁護団は国の責任を認めなかった二つの東京高裁判例の誤りを指摘。改めて国の責任を追及しました。
判決はいずれも、終戦前後に毒ガス兵器を多量で広範囲に遺棄したために、特定できないので国の責任はないというもので、弁護団は「道理に反する判断」だと批判しました。
その上で、1991年に日本政府が実施した遺棄化学兵器第1回調査に参加した中国人の証言などを紹介。弁護団によると、調査期間中の6月17日に日中双方が会談し、その際、本件被害地で被害に遭った男性から被害状況を聴き、傷跡の写真を撮ったといいます。
弁護団は同調査に関する情報公開請求をしましたが、中国側参加者の名前が黒く塗りつぶされるなど、ほとんどが不開示でした。
弁護団は事実を明らかにするよう求めると同時に「政府は91年の時点で(事故現場に)遺棄化学兵器があったことを知っていた」と指摘。調査をきちんと行っていれば事故は未然に防げたとし、速やかな調査と早急の賠償を求めました。