2009年6月1日(月)「しんぶん赤旗」

カンボジア特別法廷 審理すすむ

虐殺で幹部の責任指摘

元収容所長が証言


 1970年代後半に国民を大虐殺した旧ポル・ポト派政権元幹部を裁く「カンボジア特別法廷」で、人道に対する罪などに問われている元トゥールスレン収容所長カン・ケ・イウ(通称ドッチ)被告(66)の審理がすすんでいます。同被告は証言のなかで故ポル・ポト元首相ら幹部の責任に言及しています。(ハノイ=井上歩)


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(写真)2月の初公判に出廷したカン・ケ・イウ被告(中央)(法廷内の中継映像から。井上歩撮影)

 「収容所で犯された罪、拷問と処刑について責任がある。謝罪したい。心から後悔している」

 ドッチ被告は、同収容所での約1万6000人の拷問・殺害について、審理冒頭から罪を認めました。しかし同時に、「生き残るためには、命令に従うしかなかった」「自分の家族の命のほうが大事だった」と弁明しました。

 訴追が予定されている4人の最高幹部はいずれも虐殺への関与を否認しており、唯一法廷に協力的なドッチ被告の自白・証言は重要視されています。

 ドッチ被告は証言のなかで、虐殺の収容所にポル・ポト元首相(98年死亡)や、拘束中のポト派ナンバー2・ヌオン・チア元人民代表議会議長が関与していたと指摘しました。

 「収容所はポル・ポトが発案し、ソン・セン(元副首相・治安担当)が実行し、ヌオン・チアがフォローアップ(管理)した。私の観測と現存する資料が根拠だ」

 収容所類の設置は「ポル・ポトだけが決定でき」、“裏切り者”の逮捕命令をソン・セン元副首相から受けた、とものべました。

 ドッチ被告はまた、政権の異常な性質にも触れました。

 「敵として収容所に送られた人間を釈放できる権限を持った人間はいなかった。ポル・ポトであっても」

 「(ポト派が)敵を“粉砕”するのは政策だった」「“粉砕”とは、秘密裏に逮捕し、尋問・拷問し、家族に知られることなく処刑することだ」

 ドッチ被告は26日の法廷で「ポル・ポトの手は血で汚れている」「カンボジアで最悪の犯罪の父だ」とも述べました。

 特別法廷は残る4人の最高幹部についても年内に捜査を終え、起訴することを目指しています。


 カンボジア特別法廷 1975年4月から79年1月までカンボジアの政権を握り、自国民を大虐殺した毛沢東追随集団ポル・ポト派の元最高幹部を裁く法廷。「国際基準を持つ国内法廷」という国連とカンボジア政府の合意に基づき2004年にプノンペン郊外に設置され、06年に始動しました。


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