2008年11月22日(土)「しんぶん赤旗」

革命歌「インターナショナル」とは?


 〈問い〉 「インターナショナル」は、伝統ある革命歌だそうですが、だれが何をうたったものなのですか?(東京・一読者)

 〈答え〉 「起(た)て、飢えたる者よ、いまぞ日は近し 覚めよ、わが同胞(はらから)、暁(あかつき)は来ぬ」で始まる「インターナショナル」は、20世紀、世界の労働者のたたかいで広く歌われた革命歌です。

 作詞者は、パリ・コミューンの労働者詩人、ウジェーヌ・ポティエ(1816―1887年)です。1871年のパリ・コミューンは、カール・マルクスが「労働者のパリとそのコミューンとは、新社会の光栄ある先駆者として、永久にたたえられるであろう」と書いた、世界史上初の労働者階級の政府でした。それだけにブルジョアジーによる弾圧は非道残虐をきわめ、虐殺は約3万人と推定されています。

 ポティエは、パリ第2区からコミューン議会の議員に選ばれ、バリケード上でも奮闘します。しかし5月末、政府軍の攻撃によってコミューンが壊滅。「連盟兵の壁」で多くが虐殺され、なおも血の弾圧がつづいた6月、まだ戦火くすぶるパリの街なかに身をひそめて、この「インターナショナル」を書いたのです。

 「立て! この世の地獄におちた者たち! 立ち上れ! 飢えはてた徒刑囚(とけいしゅう)たち!―かれは、この『飢えはてた徒刑囚たち』をよく知っていた。かれじしんも、そのひとりだったからである…『この世の地獄におちた者たち』と『飢えはてた徒刑囚たち』とは、まさにコミューンのひとたちである」(大島博光『パリ・コミューンの詩人たち』新日本新書)

 この詩は、最初は小さな集会などで朗読されていたようですが、1888年、木材労働者でアマチュア作曲家だったピエール・ドジェイテール(1848―1932年)が作曲し、1899年パリで開かれたフランス労働党大会で感動をよんだのが、国際的に広がる転機になったといわれます。ロシア革命のときには、ロシアの代表的な革命歌となりました。(その後、ソ連の国歌とされ、ソ連崩壊後も歌の生命力は消えず、世界各地で歌い続けられています)

 日本では、『種蒔(たねま)く人』を主唱した小牧近江(こまきおうみ)がフランスから持ち帰ってきた歌詞と譜を、佐々木孝丸が訳詞。1922年10月、左翼の文芸団体(『新興文学』)がロシア10月革命を記念する前夜祭を東京で開き、そこで小牧が歌ったのが公的な場で歌われた最初とされます。もっとも、この時は、「起て」とうたいかけた途端、検束され、あとは歌えませんでした。(喜)

 〈参考〉矢沢保『自由と革命の歌ごえ』(新日本新書)

 〔2008・11・22(土)〕


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