2008年5月27日(火)「しんぶん赤旗」
四川大地震
“テント欲しい”
断層走る綿竹市
二つの山が一つになった
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【綿竹(中国四川省)=山田俊英】中国の四川大地震を引き起こした断層が走る竜門山系沿いの綿竹市(人口五十一万人)。山間部の漢旺鎮(かんおうちん)では建物が全壊しました。現地入りした二十五日、被災民にテントが行き渡っておらず、住民から「早くテントが欲しい」という声が聞かれました。
5人以上が優先
![]() (写真)自分で建てた小屋の前でテントが欲しいと語る(右から)余楽富さん、弟、母親=25日、綿竹市漢旺鎮(山田俊英撮影) |
山が間近に迫る漢旺鎮は爆撃の後のようです。ビルがすっかり崩れ落ち、壁も太い柱も何もかもが、ばらばらに折り重なっています。
倒壊していない建物も傾いているか、外壁が崩れ落ちており、倒壊は時間の問題と思われます。無事な建物はまったく見当たらず、人けはありません。地震から二週間たちますが、何も手をつけられずにいます。立ち入り禁止の表示すらありません。かろうじて、武器や重要書類がある警察署だけは兵士が見張りに立っています。
アパートの窓には洗濯物が干したまま。住民は市内の広場に張られたテントに避難しています。
車両通行止めの地点まで行くと、木材とビニールシートで作った小屋の前で食事をしている一家がいました。テントが支給されるのは五人以上の家族が優先。四人家族のこの一家は、まだ支給されていません。
余楽富さん(46)は「コメは市政府から支給されているが、テントがほしい。この小屋ではつらい」といいます。頭は丸坊主。散髪が無理なので友人に髪をそり落としてもらいました。「この先で大きな山崩れが起きて、二つの山が一つに合体してしまった」と地震のすさまじさを語ります。
必要の2割以下
![]() (写真)支給された角材で避難用の小屋を作る人たち=25日、綿竹市東北鎮(山田俊英撮影) |
漢旺鎮から道路を下り、街道沿いの東北鎮に戻ると空き地に仮設住宅を建てている一家がいました。住宅といっても柱はなく、材料は太さ二―三センチほどの細い角材とビニールシートだけ。風で飛ばされないか心配です。角材は「提供できる村人が出し合った」のだそうです。「テントは市街地優先。農民は後回しだ」と不満を訴えます。
市街地の五福鎮でも地震の翌日テントが支給された人と、いまだにもらえない人がいます。本人たちにも理由はよくわかりません。問題はテントの絶対数が足りないこと。中央政府の発表でも、調達できたのはまだ必要数の二割以下です。
話を聞いていると子どもの遺影を掲げた人たち五十人あまりが道路を行進してきました。五福鎮の富新第二小学校では地震で校舎が倒壊し、全校児童四百人のうち約三百人が下敷きになって亡くなりました。その子の親たちでした。
三階建ての校舎は跡形もなくがれきになり、鉄筋コンクリートの柱もばらばらに折れています。遺影を並べた祭壇がつくられ、近所の人たちが集まっていました。教科書、学用品が地面に散らばったまま。周囲に倒壊した建物は見られません。土づくりの古い家も損壊しているものの、倒れてはいませんでした。
「まわりの建物はつぶれなかったのに、なぜ校舎だけが倒壊するの。鎮当局に説明を求めているのに誰も来ないから、これからみんなで行くところです」と母親の一人。「何の罪もない子どもたちが死んだことを痛切に悼む」と書かれた横断幕を広げていました。




小木曽編集局長が語る

