2008年4月28日(月)「しんぶん赤旗」

再び戦没者も遺族もつくらせない

舞鶴で桜を記念植樹

京都


 平和遺族会(平和を願い戦争に反対する戦没者遺族の会)は二十七日、「再び戦没者も戦没者遺族もつくらせない」決意を込めた桜を、京都府舞鶴市の引揚記念公園に植樹しました。

 日本海有数の軍港だった舞鶴は戦後、中国やシベリアなどに残された人たちの引き揚げ港となり、六十六万人以上の人たちと、一万六千を超える遺骨が戻ってきました。

 記念植樹のセレモニーでは、平和遺族会事務局長の上田美毎さん(66)=千葉県佐倉市=があいさつ。上田氏は、一九八六年に中曽根康弘首相(当時)の靖国神社参拝に抗議し「戦没者を利用するな。遺族をつくるな」と会を創立した経緯に触れつつ、戦争中には、教科書で「サイタサイタ、サクラガサイタ」と習い、「桜のように潔(いさぎよ)く散れ」と教え込まれた桜を、平和の象徴として植えることができる時代になった喜びを語り、「私たちの責務は次の世代に平和を守ること、二度と戦争をしないと決めた憲法九条を守り抜くことだ」と述べました。

 京都平和遺族会代表世話人の須永安郎さん(83)=舞鶴市=は、舞鶴を母港とする海上自衛隊イージス艦「あたご」の事故に触れ、「舞鶴の港から、再び砲火を送る時代にしてはなりません。この舞鶴の丘を、再び戦争しない、戦争遺児をつくらない決意の丘にしましょう」と語りました。

 関東から参加した会員を含め五十人が見守るなか、上田さんと須永さんがスコップで八重桜の幼木に土をかけました。

 一九四四年に中国で父が戦死した倉本頼一さん(65)=京都平和遺族会世話人=が、自作の詩「丘に育て八重の桜」を朗読。参加者は「われら愛す」「わたしの平和 憲法九条」を合唱しました。

 参加者は、復元された引き揚げの桟橋(さんばし)や、強制連行され帰還する朝鮮人らを乗せて釜山に向かっていた浮島丸が終戦直後の一九四五年八月二十四日に同市佐波賀沖の舞鶴湾で原因不明の爆沈をした事件の殉難碑などをおとずれました。

 日本共産党の穀田恵二衆院議員・国対委員長、井上哲士参院議員がメッセージを送りました。


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