2008年3月1日(土)「しんぶん赤旗」

経済時評

派遣労働とキヤノンと観音様


 日本共産党の志位和夫委員長が衆院予算委員会で派遣労働の問題をとりあげた質問(二月八日)が、大きな反響を呼んでいます。

 ちょうど一年半前に、NHKのワーキングプア(働く貧困層)の特集番組が、やはり大きな反響を呼んだことがありました。それは、メディアとして初めて正面からワーキングプアの実態をとりあげ、この問題の社会的重大性を警鐘したという意味で画期となった番組でした。

 今回の志位委員長の質問は、全国各地のたたかいの発展をふまえて、ワーキングプアの根源には大企業による雇用の破壊があることを明確にし、政治の課題として「派遣法を改正し“労働者保護法”に」という道筋を示しました。それは、「貧困とのたたかい」の発展にとって、新たな画期をなす質問となったといっても過言ではないでしょう。

日本流と米国流の搾取方法を結合して

 志位質問は、キヤノンの内部資料をとりあげ、大企業による正社員から派遣労働者への置き換えの具体的な実態を追及しました。

 志位委員長は、詳細な調査をもとに、「人間をモノのように使い捨てにする働かせ方」を告発し、「キヤノンは一九九九年の派遣労働の原則自由化以後、八年連続で増収、増益、史上最高の利益をあげ」、「二〇〇七年の純利益は、九九年の何と七倍にもなっている」と指摘しました。

 別表は、キヤノンの異常なもうけぶりを示す経営指標です。総資本営業利益率は、資本がどれだけ効率的に利潤をあげるかを表わしています。キヤノンは、以前から他の大企業の二倍から三倍の利益率でしたが、さらに、最近は利益率が二倍以上に増えています。

 キヤノンの御手洗冨士夫会長は、キヤノンUSAで二十三年間、米国流の経営方法を徹底的に学んで帰国し、九五年にキヤノン社長に就任してからは、米国流の利益最優先の経営改革を断行してきました。

 キヤノンの高利潤の秘密は、一言でいえば、従来の日本流の「ルールなき搾取のやり方」に、米国流の「労働者を効率的に流動させる搾取のやり方」を結びつけて、利益最優先の企業体質を徹底させた点にあります。

IT革命を利用したフレキシブルな生産管理=雇用管理

 キヤノンの異常なまでの搾取強化は、最新のIT(情報技術)を製造工程にとりいれた「セル方式」(注)というフレキシブル(柔軟)な生産管理とともに推進されてきました。

 キヤノンは、ITを使って販売実績の動向にフレキシブルに対応できる生産管理システムを構築し、生産―流通―販売のムダを徹底して省きました。さらに同社は、M&A(合併と買収)を繰り返して、金型メーカーや自動化装置メーカーを自社グループに吸収し、主要部品や製造装置を内部生産することによってコスト削減をフレキシブルに追求する体制もつくりあげてきました。

 こうしたキヤノンのフレキシブルな生産管理のカギをにぎってきたのが、派遣や請負を大量に利用するフレキシブルな雇用管理でした。IT革命による最新の生産力を活用して、生産管理=雇用管理を徹底的にフレキシブルなシステムに革新する―ここにキヤノンの高利潤の最深の秘密があったのです。

どんな意味で「業界の規範」になるか

 キヤノンのホームページによると、キヤノンという社名は、一九三三年の最初のカメラ試作機に、観音様にちなんで「カンノン」と名付けたことに由来するといいます。また、キヤノン(Canon)には、「規範」という意味があり、「業界の規範になるように」という願いも込められているといいます。

 たしかに、キヤノンは、日本でもっとも効率的に利潤をあげる最優秀企業に成長し、その意味では「業界の規範」になっているのかもしれません。しかし、あくなき利潤追求のために、働く人たちを使い捨てにすることは、けっして観音様の本意ではないでしょう。

 志位質問からしばらく後の二月二十日、キヤノンは、同社とグループ各社の派遣と請負の労働者を年内に直接雇用に切り替えると明らかにしました。この決定が確実に実行され、こうした流れこそ「業界の規範」になることを望みたいものです。

※  ※  ※  ※

 今年一月、東京で、EU(欧州連合)と日本の厚労省が共催して「雇用・就労形態の多様化」のシンポジウムがおこなわれました。

 このシンポで印象的だったのは、EUの代表が、「IT革命に対応した雇用・就労形態は、単なるフレキシブルではなく、ルールあるフレキシキュリティーなものでなければならない」と強調したことでした。フレキシキュリティーとは、《柔軟性を意味するフレキシブル》と、《労働者の保護・安定を意味するセキュリティー》を合成したEUの最新の造語です。

 EUの提唱する雇用のフレキシキュリティーは、IT化による労働市場の柔軟性を一面的に求める「市場原理主義」とは異なり、労働者の権利・保護を守りながら、ITの発展を労働市場に取り込もうとする「社会的市場経済」の立場からきています。

 科学技術の進歩による生産力の発展は、資本主義のもとでは、新たな搾取強化の手段に利用されます。しかし、同時に、生産力の発展は、労働条件を改善・向上させる可能性をも示しています。

 ITなどの発展を真に人類の幸福のために役立てるためには、二十一世紀という時代にふさわしく労働者保護立法を再確立し、発展させることが必要です。派遣法を労働者保護の立場から改正することは、その重要な試金石ともなるでしょう。(友寄英隆)


 (注)「セル方式」とは、「長大なコンベヤラインを廃止し、数人あるいは一人で製品を組み付け、完成させる生産システム」のこと。詳しくは藤田実「キヤノン高収益の陰で何が起きているか」(『経済』〇七年三月号)を参照。

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