2007年9月3日(月)「しんぶん赤旗」
ゆうPress
折り鶴50万羽
命の重さリアルに感じた
「21万人の命を忘れない。それが、広島・長崎を忘れないこと」。8月に行われた原水爆禁止世界大会に、全国の青年たちが折り鶴を集めて持ち寄りました。その数は目標をはるかに超える50万羽におよびました。 平井真帆 宮下 進
「ここまで集まるとは予想してませんでした」。前川史郎さん(世界青年のつどい準備委員会事務局長)たちが、21万羽の折り鶴を集めるプロジェクトを立ち上げたのは、今年の6月。21万は、原爆によって広島・長崎で亡くなった人の数です。折り鶴の目標を持って取り組むのは初めて。2カ月間で目標を大きく超えました。
準備委員会委員長の小林秀一さんは、「一部の活動家が必死に折っても50万は集まりません。命の重さをリアルに感じようと、全国各地で行われたさまざまな運動の結集です。ここまで広がったのは、誰でも賛同でき、誰でも気軽にできる運動だったからでしょう」と話します。
鶴を折っている間に、「なんで21万なの?」「長崎で何があるの?」。自然に平和の話ができます。「折り紙を折りながら、平和について、友人や親子で話をする。こうしたことが全国的に行われたんです」と前川さんは振り返ります。「来年もさらに運動を広げたい」と、青年たちは力強く宣言しました。
8月9日に生まれ
京都
京都では、憲法9条にちなんで9999羽集めることを決め、高校生たちが中心になり、約1万4000羽を大会に持ち寄りました。
1600羽集まった高校では、最初、男子高校生2人が教室で折っていました。すると、女子生徒が「何で折ってんねん」。プロジェクトのことを聞くと、「平和やから、毎日過ごせる。絶対に戦争イヤや」と共感。「いいことだから私も手伝う」と、あっという間にクラスの3分の2以上が協力。さらに他のクラスまで飛び火し、保健室にも置くと学年を越えて広がりました。
火付け役となった高校生は、「自身の誕生日が奇しくも八月九日。この日はどういう日やったのか、どれだけの人が亡くなったのか、思いながら一生懸命折った」といいます。長崎から帰って、みんなに世界大会の報告をすると、「ぜひ来年は私も行きたい」という人も。「そういうことは知らんかった」「一瞬で何万人の人が亡くなり、街が灰になった。こわい」という声も寄せられました。
みんな分かってる
東京
東京では「長崎で亡くなった7万人の被爆者の命を知ろう」と、高校生らが「7万羽折り鶴プロジェクト」を立ち上げました。目標には届かなかったものの、3万羽を集め、全国の運動に火を付けました。
「7万人って聞いても、ピンとこない。その数を実感したかった」という実行委員長の森戸裕一さん。「『〇〇を守ろう』とか『ナントカに反対!』だと引いちゃう人にも、『鶴、折って』っていうのは軽いノリで、呼びかけやすかった」
ブログを開設し、約二十人ほどのメンバーが学校の友人に頼んだり、渋谷の街頭で「折り鶴宣伝」を行いました。
チラシを受け取った若い女性から、「高校生たちの運動にすごく感動しました。未来に希望が持てました」などと書かれた手紙と一緒に、3000羽の折り鶴が送られてきたことも。
森戸さんは「最後の1カ月で、びっくりするくらい集まった。戦争はだめだ、憲法は変えちゃいけないって、多くの高校生はわかっていると実感した」といいます。
折り方教室も
姫路
2000羽を集め、長崎大会に7人の代表を送った兵庫県姫路市の「若者9条の会たけのこ」。小学4年生から90歳までの幅広い「若者」で、2年前に結成されました。
集めた折り鶴は、中高生や20代が中心となって、美術大1年の女性がレイアウトした模造紙4枚に張りつけ「折り鶴アート」にしました。世界遺産の姫路城と、憲法9条を世界の文化遺産に、との願いをかけて、大きな9の字とともに描きました。そして“たけのこ”のイメージをあしらい、平和のメッセージができあがりました。
折り鶴は、友人に協力を求めるだけでなく、土曜日にはJR姫路駅前で「9条を守ろう」という署名とともに「長崎へ折り鶴を持っていきます」と訴えました。メンバーの女性(31)は「折り方を知らない青年もいて、即席の折り紙教室になっちゃったんです。折ったあと『平和にいいことさせてもらった』といわれ、心が温かくなりました。原爆なくそうという思いと9条への思いがいっそう大きくなりました」といいます。
チャリで長崎へ
福岡
福岡市博多区の千鳥橋病院では、青年たちが「反核平和チャリンコ隊」を結成し、約1万羽を長崎にとどけました。
チャリンコ隊は十四人。三組に分かれ、交代で自転車をこぎました。先導車には「博多―長崎間を走ってます」との横断幕。途中激しくふる夕立やパンクに見舞われ、急な坂道や峠越えもものともせず無事走破。
折り鶴を集めたのは、勤務して1年目、2年目の青年が中心。職員はもちろん、患者や見舞いに来た家族にも協力を呼びかけました。若者でにぎわう天神公園では、925人分の「ピース・メッセージ」も集めました。メッセージは、1メートル四方のタペストリー10枚ほどにして、折り鶴と一緒にとどけました。
医療ソーシャルワーカーの中原芙季子さん(26)は、「とにかく、みんなに声をかけようと、ダンスをしている若者など、片っ端から集めました。訴えてみると、けっこう平和の問題で一致。小中学生たちも『自分たちも書きたい』と喜んでいってくるんです」と振り返ります。
お悩みHunter
高卒で働く派遣社員 大学に行った方が…
Q 派遣社員ですが、ブライダル産業で働き始めて1年半になります。仕事はそれなりにおもしろいし、上司にも他の社員より期待されている気がします。でも、高卒では、将来が不安です。今からでも大学に行ったほうがいいか、迷っています。(23歳、女性。東京都)
自分の仕事に向き合って
A 派遣社員にも派遣先に直接雇用を求めることができる場合があることをご存じですか。
派遣受け入れ期間の制限がある業務では、派遣期間を超えて派遣労働者を使用しようとする場合、派遣可能期間に違反する日の前日までに、派遣労働者が雇用を希望する等の条件が整えば、派遣先は雇用契約の申し込みをしなければなりません(労働者派遣法40条の4)。専門性の高い26業務で、3年を超えて同一の派遣労働者を受け入れている場合、派遣先が当該業務に直接雇用の労働者を受け入れる場合には、派遣先はこの派遣労働者に雇用契約の申し込みをしなければなりません(同法40条の5)。あなたの場合、上記規定を適用できるか労働組合の相談窓口で確認してください。そのうえで考えてみてはどうでしょう。
ところで、あなたは高卒ということで、将来に不安を感じているようですが、大学に行けば、その不安が解消するのでしょうか。
私自身、時代が大きく変化するなか、将来に対して不安になることがあります。ただ、その不安は目の前の仕事に誠実に取り組むことでしか解消できない気がしています。自分の仕事にせいいっぱい向き合うことが、自分の能力や可能性を切り開き、時代を見定める最も確実な方法だと思うからです。その過程でこそ、人はそのときに必要な高度で幅広い専門知識を得ることが迫られるのではないでしょうか。
弁護士 岸 松江さん
東京弁護士会所属、東京法律事務所勤務。日本弁護士連合会両性の平等に関する委員会委員。好きな言葉は「真実の力」。

