2007年8月20日(月)「しんぶん赤旗」

ゆうPress

じかに聞ける「最後の世代」だから

私は被爆者に会う


 8月は、「戦争と平和」を考えるさまざまな催しが各地で開かれています。「戦争・被爆体験をじかに聞ける最後の世代」として聞き取りを行い、「継承」しようとする青年たちがいます。
宮下 進
平井真帆


誰とたたかうべきか、わかった

 横浜駅周辺で「被爆者の話を聞き取る会」が毎月1回のペースで行われています。原爆症認定訴訟を支援するネットワーク「ピース!ピース!!ピース!!!」の青年たちです。

 中心になっているのは塚田真一さん(26)。昨年、青年のために率先して語ってくれていた被爆者が突然倒れ、亡くなりました。「被爆体験の聞き取りを急がなければ」と、胸に突き刺さったといいます。

 「ふつうの若者にも被爆の実態や認定訴訟を知ってもらいたい」と、塚田さんは今年1月、「ピース!ピース!!ピース!!!」を立ち上げました。バンドやジャズボーカリストも加わった「ピースボイス・ピースミュージック」を開催。150人もの青年が集まり、「今まで知らなくて恥ずかしかった」「本当のことをまわりに知らせていかなければ」という声も聞かれました。

 「聞き取る会」では、被爆者から衝撃的な告白をうけることもあります。「弟が、結婚した相手に『自分は被爆者だ』と告げたら、『そんなこと聞いていない』と大泣きされた」と涙ながらに語る男性。後遺症で正職につけなかった女性は「水商売をやるしかなかったの」。

 塚田さんは、会を重ねるごとに認識が改まりました。「偏見、差別のなかで耐えてきた、口にも出せなかったであろう人生。体の痛み、苦しみに悩まされる。『あの日』が62年間ずっとずっと続いているんだ」

 初めて話を聞いた青年たちにも変化が起こりました。漫画家志望のフリーターの男性は、裁判の傍聴に足しげく通うようになり、「ミクシィ」(インターネットの会員制交流サイト)を見て参加したシステムエンジニアの男性は会を運営する側に回るようになりました。

 聞き取る会や傍聴日程などはメールで知らせています。メール会員は70人ほどに。さまざまな企画に参加した人は、のべ300人を超えました。

 被爆者から「真剣に聞いてくれてありがとう」といわれた塚田さん。「もし自分が当事者だったら…という立場でいつも聞いています。それが伝わったんだろうと思います。被爆者が私たち青年にわざわざ感謝してくれるなんて」

 それだけに、原爆症認定を願う必死の叫びに背を向ける国に対して、怒りがおさまりません。

 認定訴訟の意見陳述で、被爆後に降った黒い雨は「単なる泥水。放射能の影響はない。あなたたち(被爆者の原告ら)は非常識な人たちだ」といい放った厚労省。

 被爆者とは対照的に、傍若無人な態度をとり続ける国の姿を目の当たりにした塚田さん。

 「被爆者救済の道を誰が遠ざけているのか。核兵器廃絶の障害となっているのは何なのか。知ることが大事。被爆者の聞き取りや裁判傍聴を通してハッキリわかりました。いま、私たちは誰とたたかうべきなのかを」

夏の間だけ同情するのはイヤ

 「平和がいいよね、核兵器なくしたい」という学生などでつくる「ピース☆バス☆チバ」。原水爆禁止世界大会などに参加するバスツアーを企画する目的で、2003年に結成。もともとは、バスツアーのために「夏限定」で取り組まれていました。

 「夏だけって、にわかっぽい。夏だけじゃなくて、一年を通してやろうよ」。「ピース☆バス☆チバ」で中心的に聞き取り活動などを行っているメンバーのひとり、小林萌(もえ)さん(19)は、仲間に思いを伝えました。昨年の夏のことです。

 萌さんは、昨年の原水爆禁止世界大会に参加して被爆者の話を聞き、「夏だけ同情するのはイヤ。被爆者は24時間、365日、ずっとたたかっている。私も一緒にずっとたたかいたい」と思うようになりました。

 「夏限定」だった活動を一年を通して続けることに決め、「平和の願いを込めたツル」を折ってもらう「折りヅル宣伝」を毎月、行いました。寄せられた折りヅルは6000羽を超えました。

 今年2月「被爆体験を聞く会」を開き、小学生のとき広島で被爆した女性の話を聞きました。女性は、「広島出身」ということで就職も差別され、妊娠したときには、「子どもに障害が残るのでは…、皮膚の色が違うんじゃないか…」と、不安で仕方がなかったそうです。「おめでたいはずの妊娠も喜べない。女性は何も悪いことはしていない。たまたま広島にいただけなのに」

 今月行われた原水爆禁止世界大会に、萌さんたちは14歳の少年と一緒に参加しました。母親は35歳、おじいさん、おばあさんも戦後生まれ。戦争をまったく知らない世代です。「『継承』が身近な家族から遠ざかっている。証言者がいなくなれば誰が歴史を証明してくれるの?」。自分たちが声を上げなければ、と強く思いました。

 萌さんたちは、これからも聞き取りをしてゆく予定です。「話してくれる方がいる限り、私は聞きに行きます」

 原爆症認定訴訟 原爆症の認定申請を却下された被爆者266人が、申請却下の取り消しを求めて03年以降、15地裁・6高裁であらそっている集団訴訟。昨年5月の大阪地裁判決以降、広島、名古屋、仙台、東京、熊本の6地裁で国の主張は退けられ、原告側が勝利しています。国は、原爆手帳をもっている約26万人の被爆者のうち、わずか2000人余(0・8%)しか認定していません。


お悩みHunter

小説に専念するため会社辞めようか悩む

  作家志望で専門学校にまで行きました。現在、仕事をしながら合間にコツコツ書いています。思い切って会社を辞め、小説に専念しようとも思うのですが、妻と子どももいるので悩んでいます。(27歳。男性)

今の生活を改善する余地は

  いまあなたは長く持ち続けた夢に向かって突き進み、それを実現しようとしているところですね。いまのあなたならどんな苦労に対してもきっとがんばれることと思います。

 しかしご家族はどうでしょうか。生活の基盤がしっかりしていればいいのですが、そうでなければ収入が減り、いまよりも生活が大変になるかもしれません。そのことをご家族とよく話し合う必要があると思います。

 私は生活が苦しくなっても夢や目標のある生活を選択することは決して間違っているとは思いません。ご家族も大変なことを承知した上で応援してくれるのではないでしょうか。

 しかしそんなご家族に苦労をかけたくないと思うからこそ、悩んでいるのだと思います。

 あなたがいま小説を書く上で必要としているものはなんでしょうか。それは時間ですか。アイデアを出すにも作業を進めるにも時間が必要だと思います。

 それはいまの生活のなかでも改善する余地はないのでしょうか。会社からまっすぐ帰る、酒やタバコをやめるなど。完ぺきとはいえなくても少しでも時間を確保することはできると思います。

 そのうえで会社を辞めるかどうか、ご家族と決められても遅くないと思います。

 夢に向かう人間の忍耐力と集中力はすごいものがあります。ぜひがんばってください。応援しています。


第41代日本ウエルター級チャンピオン 小林 秀一さん

 東京工業大学卒。家業の豆腐屋を継ぎながらボクシングでプロデビュー。99年新人王。03年第41代日本ウエルター級チャンピオン。


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