2007年3月26日(月)「しんぶん赤旗」

問われる日本政府の人権二重基準

拉致問題での立場を失う「慰安婦」問題


 「安倍首相は、旧軍によって恐怖を強いられた多くの女性に、拉致被害者にたいするのと同じ同情を持てないでいる」―ロサンゼルス・タイムズ紙(三月十八日付)は、日本政府は拉致問題では「北朝鮮を非難する」が、「従軍慰安婦」問題では「強制を否定している」とのべ、拉致問題で日本政府の立場を支持する人たちを困惑させていると報じました。

 日本政府は、日本人の人権侵害については声を大にするが、自国の行為による外国人の人権被害には無感覚で、これでは、人権問題での対応は二重基準(ダブルスタンダード)ではないかという批判が、世界に広がっています。日本政府が北朝鮮による日本人拉致問題を国際人権問題として国際社会に強くアピールし、その理解がひろがってきた矢先に、です。拉致問題は解決されなければならず、そのためにも、「慰安婦」問題をあいまいにしておくことはできません。

 いま世界では、「従軍慰安婦」問題と拉致問題の二つは、関連(リンケージ)していると認識されるようになっています。

 米紙ボストン・グローブ紙(三月八日付)の社説は、「日本の過去の誇りをよみがえらせようとする安倍(首相)の情熱は、国内政治では当初に効果を発揮したが、国外では悪いときに日本を孤立させることになった」と報道。安倍首相の発言を「日本を孤立に追い込むもの」と指摘し、拉致での北朝鮮の姿勢と「慰安婦」での日本の対応を同列に並べて論じました。

 三月に日本を訪問し、日本と准同盟国の関係を確認したオーストラリアのハワード首相は、安倍首相との会談を前にして、「慰安婦」問題について「強制ではなかったなどというどのような意見も、私は完全に拒否するし、それは他の同盟国からも完全に拒否されている」(オーストラリアン紙十二日付)と言明しています。

日本政府の人権認識への深刻な提起

 “日本は過去の侵略戦争を本当に反省しているのか”という批判は、これまで、直接の侵略と植民地支配を受けたアジア発でした。

 しかし今回は、アメリカの議会とマスメディアが先頭をきって日本政府の対応を批判するというアメリカ発の様相をみせ、欧米諸国にひろがっています。アメリカ議会もマスメディアも、日本が自国の「同盟国」であることを意識して、対日批判にはたえず配慮がありました。この間の連続的な厳しい対日批判は、そうした「堤防」が決壊しつつあるといわれる状況です。

 これまで歴代の内閣は、「慰安婦」問題を一九九三年の河野官房長官談話の立場で対応してきました。この談話は「慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」こと、「慰安婦」の募集についても「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、さらに官憲等がこれに加担した」ことを認めて、「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」とし、「心からのお詫(わ)びと反省の気持ち」を表明したものです。

 この談話が関係国から十分なものとみなされていなくても、安倍首相にはこの立場の継承を行動で示すことがアメリカのような「同盟国」からも求められていたのです。

 しかし安倍首相は、「(河野談話について)当初定義されていた強制性を裏づける証拠がなかったのは事実だ」(三月一日、官邸での会見)とのべました。これは、河野談話を継承するといいながら、その立場を後退させているという批判となりました。加えて、「米下院で慰安婦問題の決議案が通っても謝罪しない」(三月五日、参院予算委員会答弁)と発言したことは、いっそう怒りをひろげたのです。

 さらに、問題が深刻化しているさなかの十六日、「慰安婦」問題での質問主意書にたいする安倍首相名の答弁書は、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」としたのです。

 ニューヨーク・タイムズ紙(十七日付)は、この答弁書をとりあげ、「日本が第二次大戦中の性奴隷への関与を再否定」と報じ、シーファー駐日米大使の「私は慰安婦の証言を信じる」「彼女たちは強制的に売春を強要されたのだと思う。つまり、日本軍にレイプされたということだ」との発言を引用して、安倍首相の立場を非難しました。

 この答弁書は、河野談話の否定と受け止められ、国際世論への挑戦とみなされています。日本が植民地としていた地域で多くの女性が日本軍の「慰安婦」にされ、レイプされたという広範かつ継続的な人権侵犯は軍の強制なしにはありえないからです。

 安倍政権は「人権と民主主義の普遍的な価値を追求する外交」をうたっていながら、「慰安婦」問題も拉致問題もともに同じ重大な人権侵犯問題であるにもかかわらず、日本人の人権問題にしか関心がないではないか、「慰安婦」問題にも同じように重視して対応しなければ、到底国際的な理解はえられない―という非難です。こうして、日本政府の人権認識は二重基準ではないかという深刻な疑問が提起されているのです。

この問題は日朝協議の今後にもかかわる

 先月、北京での六カ国協議では、共同文書が採択され、北朝鮮の核兵器とその開発計画放棄にむけたロードマップ(行程表)実現のための具体的な措置とともに日朝協議をふくむ作業部会の設置が合意されました。日朝間の課題は、拉致、過去の清算を含む二国間の懸案解決および国交正常化です。

 いま重大化している「慰安婦」問題は、北朝鮮との過去の清算と直結しています。北朝鮮には、かつて植民地支配のもとで多数の女性が「慰安婦」として戦場にかりだされた痛恨の歴史があります。日本政府が過去の清算をすすめ、拉致問題をふくめ協議を前進させるためには、日本の過去に真剣な態度で向き合うことが強く求められています。そうでなければ、拉致問題での国際的な理解は到底得られるものではありません。

 拉致問題の解決には、国際社会の理解と支援が不可欠です。だからこそ、日本政府はアメリカ政府をはじめ国際社会に訴え、支援を求めてきました。

 しかし、日本政府の人権認識での二重基準という批判のひろがりは、その理解と支援を後退させています。インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙(三月二十二日付)は、安倍政権が「従軍慰安婦」問題での謝罪を拒否したことは、日本が売り込もうとしている「普遍的人権」重視外交を困難にし、それは「もろ刃の剣」となるだろうと論評しました。

 拉致問題のよき理解者としてアメリカ政府を動かしてきたシーファー大使自身が、「河野談話からの後退と米国内で受け止められることは破壊的な影響がある」とのべました。「慰安婦」問題にたいする安倍首相の対応いかんで、拉致問題提起の道義的基盤を一撃で失ってしまうという警告でもあります。

人権問題は国際基準で対応を

 安倍首相は十一日、NHKのインタビューで「河野談話を継承していく。当時、慰安婦の方々が負われた心の傷、大変な苦労をされた方々にたいして心からなるおわびを申し上げている」とのべました。

 しかし、アメリカのメディアはこの発言をほとんどとりあげませんでした。そんな通り一遍のことで、問題発言を帳消しにしないという強いメッセージの表明です。発言すると誤解を招くし、非生産的になるので話さないという首相の対応は、まったく通用しません。

 アメリカから安倍政権に求められているのは、下院決議案にあるように、首相の公式の謝罪、性の奴隷化などなかったという主張にたいする明確な公式の否定の言明などであり、この点は、メディアの要求も共通しています。

 人権が差別なく享受されるべき普遍的なものであることは当然のことです。日本政府の人権認識はそれに反していると国際社会が根本的な異議申し立てをおこなっている現状は、深刻です。この議論をきちんと受けとめて、人権問題で独りよがりに陥らず、本当の意味で国際基準の対応が求められているのです。(檀 竜太)



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