2007年2月17日(土)「しんぶん赤旗」

経済時評

「貧乏は国家の大病」


 いよいよ国会論戦がはじまりました。貧困や格差、ワーキングプアの実態をどうみるか。最低賃金制や社会保障制度をどう改善し、労働法制のゆがみをどう正すか。政治の責任が、鋭く問われています。

 「貧乏は国家の大病」―これは、日本のマルクス経済学の大先達、河上肇(一八七九―一九四六)の『貧乏物語』の一節です。

 『貧乏物語』は、一九一六年(大正五年)の九月から十二月にかけて「大阪朝日新聞」に連載されて大好評だった読物を一冊(岩波文庫で約百五十ページ)にまとめたものです。おそらく団塊の世代より上の世代なら一度は読んだことがある、聞いたことがあるという方は多いでしょう。私も、学生時代に読みましたが、最近読み直してみて、あらためて発見したことがいろいろとありました。

 そこで、今回は、古典的名著に学ぶという意味で『貧乏物語』をとりあげてみましょう。

90年前ワーキングプアに注目

 私が『貧乏物語』を再読して、あっと思ったことの一つは、河上肇は、すでにワーキングプアの問題に注目していることです。当時の「世界最富国」であった英国の貧乏の実態を統計的に分析して次のように述べています。

 「ことわざにかせぐに追い付く貧乏なしというが、……毎日規則正しく働いていながらただ賃銭が少ないために貧乏線以下に落ちている者が、(貧乏人の)全体の半ば以上すなわち約五割二分に達している」

 ここでいう「毎日規則正しく働いていながらただ賃銭が少ないために貧乏線以下」ということは、まさに今風に言えばワーキングプアにほかなりません。河上肇は、啄木の「はたらけど はたらけどなおわがくらし楽にならざり じっと手を見る」を引用しながら、英国だけでなく、米、仏、独のいずれでも「毎日規則正しく働いていながら」、なかなか貧乏から抜け出せない人が増えている、「いくら働いても、貧乏は免れぬぞという『絶望的の貧乏』なのである」と述べています。

大金持ちと貧乏人の格差拡大

 『貧乏物語』では、「毎日規則正しく働いていながら」貧乏から抜け出せないのは、社会に問題があるからだと指摘しています。

 「国民全体の人口に比すれば……きわめてわずかな人々の手に今日驚くべき巨万の富が集中されつつある」。「貧乏人はいかに多くとも、それと同時に他方には世界にまれなる大金持ちがいる」。

 貧乏は、個人の能力や甲斐性(かいしょう)などの問題ではない。大金持ちと貧乏人の格差の拡大の問題だというわけです。

 『貧乏物語』が執筆された一九一六年は、ちょうどレーニンが『帝国主義論』(一九一七)を執筆していたころでした。河上肇はそれを知るよしもなかったのですが、貧乏の原因を、資本輸出や侵略戦争とのかかわりでつかむ視点もすでに提起しています。

 当時の英国は、今日のアメリカと同じように、世界中に資本を輸出して、帝国主義的戦争をあっちこっちで起こしていました。とりわけ十九世紀末から二十世紀初頭は、南アフリカの支配をめぐる南ア戦争が問題になっていました。河上肇は、こうした帝国主義的政策が英国の貧乏の背景にあると述べています。

 もちろん『貧乏物語』は、河上肇がまだ『資本論』を本格的に研究する以前の著作ですから、貧困の原因論は、資本主義の科学的な分析にもとづくものとはいえません。また、貧困の救済策も、「富者の奢侈(しゃし)廃止をもって貧乏退治の第一策」とするなど、倫理主義的主張が中心になっています。

 ですから、岩波文庫の解題(大内兵衛)では、「河上博士は、このときはなお純然たるマルサス主義者」としています(私は、この評価は少し厳しすぎると思いますが)。しかし、河上肇は、「貧乏は国家の大病」、「社会の大病」として、資本主義社会における貧困問題の核心をつかんでいました。

ロイド・ジョージの「人民予算」

 『貧乏物語』には、「付録」として、当時のイギリスの政治家、ロイド・ジョージに関する河上肇の評伝がおさめられています。

 ロイド・ジョージ(一八六三―一九四五)は、二〇世紀初頭にイギリスの首相を長い間務め、国民保険法などを提案してイギリス福祉国家の基礎を築いた人物です。彼はまた、画期的な貧困対策のための「人民予算」(People’s Budget)を提案し、実現したことでも知られています。

 ロイド・ジョージの貧困対策は、なぜ「人民予算」と呼ばれたのか。その財源策が、(1)年間所得五千ポンド以上の者への「超過税」、所得税への累進税率導入(2)相続税の約二倍への引き上げ、累進税率の強化(3)土地増価税、空閑地税、採鉱権税など、大金持ちや大地主への広範な増税策だったからです。(注)

 もともとロイド・ジョージは、大資本家を代表する自由党の政治家ですから、社会主義者ではないし、むしろ逆に反ソ・反革命の干渉戦争を推進した人物です。ですからレーニンは、ロイド・ジョージの階級的立場を「ブルジョアジーのすぐれた番頭」「政治的狡猾(こうかつ)漢」などと批判的に特徴づけています。

 にもかかわらず、なぜロイド・ジョージは、支配層からの「人民予算は社会主義的だ」という激しい攻撃にもひるまずに「人民予算」を実行したのか。それは、彼が「貧乏は国家の大病」であると深くとらえていたからに違いありません。そのために、『貧乏物語』のころの河上肇は、「真に貧乏退治の必要を理解せる大政治家」と評価したのでしょう。

 安倍首相も、「貧乏退治の必要を理解」するために、ロイド・ジョージの爪の垢(あか)でもせんじて飲んでみたらどうでしょうか。

 (友寄英隆 論説委員会)

 (注)増税による新財源は、貧困対策と同時に海軍増強のためにも使われた。


 『貧乏物語』 一九一六年の新聞連載中から数十万の読者の絶賛を博し、四七年の復刊から七二年の解題の追記が書かれるまでの間にも、「四〇万冊以上は売れた」(岩波文庫解題)という。


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