2007年2月6日(火)「しんぶん赤旗」

経済時評

「新自由主義」派の「貧困論」


 安倍首相は、一月二十六日の施政方針演説のなかで、「貧困」という言葉を一度も使いませんでした。これは、日本共産党の志位和夫委員長が代表質問の冒頭いみじくも指摘したように、安倍首相の現実認識が国民の暮らしの実態や生活感覚といかにかけ離れているか、それを象徴的に示しています。

 しかし、「貧困論」の欠如は、政治の世界だけではありません。安倍首相の経済政策の背景にある経済理論を検討してみると、「新自由主義」派における「経済学の貧困」とでもいうべき事情が浮かび上がってきます。「新自由主義」派経済学の「貧困論」の理論的な特徴をみておきましょう。

貧困の原因を「人的要素」に求める

 アメリカにセオドア・W・シュルツという経済学者(一九〇二―九八)がいました。ミルトン・フリードマンとならぶアメリカのシカゴ学派(「新自由主義」派経済学)の重鎮として知られ、一九七九年にノーベル経済学賞を受賞しました。

 シュルツは、農業問題に市場原理を適用して農業経済学を近代化した人物ですが、同時に「人間資本」という理論を初めて提唱し、「新自由主義」派の労働経済学の基礎を築いたことでも知られています。そのシュルツのノーベル賞受賞記念講演は「貧困の経済学」(注)というテーマでした。

 シュルツが講演「貧困の経済学」でとりあげたのは、発展途上国の農民の貧困問題でしたから、必ずしも発達した資本主義国の貧困問題ではありません。しかし、そこには、「新自由主義」派経済学の「貧困論」の原点が示されています。

 この講演でシュルツが繰り返し強調していることは、農民の貧困の原因は、遅れた土地制度などの問題ではなく、農民の生産能力、人的要素だという「貧困論」です。

 「(農民の)貧困を決定する要因は、土地それ自体ではなく、人的要素である」

 「貧しい人々の福祉を改善する決定的な生産要素は、宇宙やエネルギーなどの技術開発ではないし、土地問題でもない。それは農民の資質の改善である」

 シュルツは、こうした「貧困論」をもとに、発展途上国の貧困を解決するためには、政府が工業だけでなく農業にも投資をおこなって、農業技術などの教育を充実し、農民の人的能力を高めるべきであるといいます。それが農民の所得の増大になるというわけです。

格差の原因を「人間資本」の差異で説明

 シュルツの「貧困の経済学」は、その後、発展途上国の農民だけでなく、発達した資本主義国の労働者にも拡張され、「人間資本」理論に発展しました。

 シュルツは、「人間資本」の意味について、次のように説明しています。

 「人間が習得した質の特性には価値があり、また適切な投資を行えば、これを増殖させることができるものであるが、それを私は人間資本として取り扱うことにする」(『「人間資本」の経済学』日本経済新聞社)

 「人間資本」を構成するのは、育児、学校教育、健康管理、職場での経験、とりわけ高度な科学・技術の教育などが含まれます。

 シュルツは、「人間資本」への投資が増えれば、労働生産性が高まり、経済が発展し、労働者の所得も上昇すると主張します。

 さらにシュルツ以後の「新自由主義」派になると、「人間資本」への投資とともに、労働者の格差も拡大するが、それは経済が活力をもつためには、ある程度やむをえないと言うようになります。いわゆる「格差=活力」論です。

 たとえば、最近の世界的な所得格差の拡大傾向は、ICT(情報通信技術)の発展が「人間資本」の能力の差異を拡大することから起こっている、富裕層はデジタル機器を利用した最新の情報を得て経済活動を活性化させ、ますます経済力を高めていくが、その反対にデジタル時代に取り残された人々は新たな貧困層を形成する、というわけです。

「人間資本」理論の「経済学の貧困」

 シュルツが提起した「人間資本」理論には、根本的な弱点があります。それは、「人間資本」の果実である労働生産物はだれのものになるか、つまり労働生産物の取得法則が欠けているという弱点です。

 マルクスが『資本論』で解明しているように、たしかに、労働者の技術教育や、高度な科学的知識の習得は、労働力の価値を高め、労働生産性を上昇させます。しかし、労働者は、どんなに高度な科学・技術教育を受けても、賃金労働者であることをやめることはできません。ですから、「人間資本」の活動(労働)によってつくられる労働生産物は、直接、労働者のものになるということはありません。資本主義のもとでは、「人間資本」の果実は、そのまま労働者に取得されるのではなく、直接的にはすべて資本によって取得されるからです。

 ところが「人間資本」理論は、「人間資本」の果実がだれに取得されるか、その肝心な問題は探究しないで、「人間資本」としての労働者の能力の差異がそのまま格差の原因であるかのようにえがきます。そのために、「人間資本」理論は、いつのまにか「格差=活力」論、「格差容認」論に転化してしまうのです。

 つまり、「人間資本」理論は、労働者を「人間資本」とみなすことによって、逆に、労働者を搾取する「資本」の姿を見えなくし、貧困と格差拡大の真の原因である、資本による搾取強化の実態を隠す経済理論になっています。これを「経済学の貧困」といわずして、なんというべきでしょうか。(友寄英隆 論説委員会)


 (注)講演の原題は

“The Economics of Being poor”ノーベル財団のホームページによる。

http://nobelprize.org/nobel_prizes/economics/laureates/1979/schultz-lecture.html


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