1997年9月25日付「しんぶん赤旗」

日本共産党第21回大会

被災の打撃のりこえ強大な党の建設を


 全党の温かいご支援で大震災の危機を乗り越えてきた日々を思い浮かべ、改めて「国民の苦難のあるところ日本共産党あり」の精神を発揮してきた兵庫県党組織の感謝の気持ちをお受け取りいただきたいと思います。ありがとうございました。

被災者の生活復旧遅れは深刻さ増す

 厚生省が十六日に発表した都道府県の九六年の「年齢調整死亡率の概況」では、死亡率が男女とも兵庫県は四十七位。大震災とその後の人災・政災といえる死亡がいかに多かったかを示しています。

 震災以来二年八カ月。県や神戸市は、“復興は順調”といっています。高速道路、港湾など大企業中心の復旧はめざましいが、被災者の生活復旧は遅れ、深刻さが増しています。

 いまなお仮設住宅に二万世帯三万人が生活しています。やっと被災地に住みついたが、高い家賃、重いローンに苦しみ、商店街や市場の再建も遅れ、スーパーの進出で地域経済が落ち込む悪循環が続きます。個人補償がどうしても必要です。震災直後、市民の前に顔を見せなかった神戸市長が最初にいったのが「神戸沖空港を復興の目玉にする」ということでした。

 国は個人補償のようなダブルスタンダード(二重基準)はできないと市長は個人補償を拒否しました。二十万戸以上が全壊しているのに、災害公営住宅は三万八千戸です。

 料金を滞納したと調査もせずに水道を止め、餓死者が出、抗議されても水道局に責任を転嫁し謝りもしない市長。大企業に利益を保証し、港湾開発、埋め立てなどをいっそう進める姿勢です。

 わが党は被災者の部分的要求を実現させつつ被災者などと共同で、個人補償の実現に住民投票をはじめ各種の運動を繰り広げてきました。大震災後の地方選挙や総選挙の前進、参院補選では大沢たつみさんが僅差(きんさ)で敗れましたが、オール与党勢力を相手に大善戦。被災地では上回りました。

 わが党組織は犠牲者の無念の思いを胸に住民本位の復興、地震に強い日本をつくるため全党が奮闘しました。

 最大の激震地・神戸東地区は地区委員会の建物も崩壊したなかで、兵庫・長田地区とともに「赤旗」読者をそれぞれ二千部以上失いました。一日も早く読者を取り戻そうと、二つの地区は二十六カ月連続増勢を続けています。神戸東地区では八百六日連続拡大です。神戸中地区では、仮設住宅で入党した同志は、震災で人生が変わった、死んだと思えばもう怖いものはなにもないと決意しましたが、仮設内で支部を結成、二十八人の入党者を迎えています。(拍手

神戸救う市長は大西ドクター

 十月十二日告示の神戸市長選が近づきました。三月末に「神戸市長選にのぞむ日本共産党の態度」を発表し、市政を変えたいと願うすべての市民・団体に日本共産党との共同を呼びかけました。「たてなおそう神戸」市民の会が選挙母体として結成され、無所属市長候補に、民医連東神戸病院副院長の大西和雄さんが決まりました。

 神戸市長選は大震災被災者の生活再建か、大企業・ゼネコン奉仕の市政かが問われる選挙です。革新・民主の政治の流れを加速するためにも負けられない選挙です。来年の参院選に直結します。二十一世紀の早い時期に民主連合政府を実現させる第一歩の選挙です。

 大震災当日自宅をほうって病院にかけつけ、血と泥のなか病院を機能させ、一週間不眠不休で多くの命を救った大西ドクター、この人をこんどは神戸を救う市長にの声があがっています。大西さんをなんとしても市長に押し上げるとともに被災の打撃をのりこえ、強大な党を建設する決意です。(大きな拍手

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