日本共産党

2004年11月8日(月)「しんぶん赤旗」

「あったけーさあ」笑顔が励み

新潟中越地震 共産党救援センターの一日


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「全国からの支援物資をお届けしています」とボランティアの呼びかけに、「助かります」と笑顔で衣類や食料品など受け取る被災住民=7日、新潟・小千谷市

 震災後の二十六日から開設された新潟県中越地震日本共産党救援センターには、全国から多くの支援物資が送られてきます。長岡市にある救援センターを中心に小千谷市と魚沼地区にもセンターが開設され、活動の輪が広がる中、全国から集まるボランティアの輪も強まっています。救援センターの一日を追いました。 新潟県中越地震取材団

とん汁隊、土木隊、掃除隊…朝8時始動

 長岡市の全国救援センター。七日の日曜日朝。週末を利用して支援に来たボランティアが入れ代わり立ち代わり、テーブルを囲みます。一日の体力をつける腹ごしらえで、朝食は前の晩に仕込んでおいたみそ汁とご飯、山菜に漬物、そして果物です。

 胸には「ボランティア 日本共産党」と記された赤や緑、青の三種類のワッペンが。午前八時すぎに始まる全体の打ち合わせまで「しんぶん赤旗」を手に、前日の状況を読む人、外で話をする人などさまざま。打ち合わせで各班の行動予定を確認します。

体全体が筋肉痛

 役割を分担します。被災地に向けての班は、物資を被災地に届ける「物資届け隊」、家の中などの片付けを手伝う「片付け隊」、専門技術を持った「土木隊」、避難所に「しんぶん赤旗」を届ける「『赤旗』届け隊」「とん汁作り隊」の構成。救援センターで活動するのは、届いた物資を分類する「物資仕分け隊」「おいしいご飯作り隊」「きれいに掃除隊」。

 「物資仕分け隊」のメンバーは、センターに送られてきた衣類や生活用品を、男性、女性、子ども用と段ボールに分類し並べます。

 地味に見える作業ですが、物資が次々と届けられ、山積の段ボール箱を前に大奮戦。「体全体が筋肉痛になった」とボランティアの一人は話します。

 センターに被災者が訪ねてきます。たくさんの支援物資が並べられ、「ご自由にお使いください」の張り紙。「おお、うまそうだな」と冬瓜(トウガン)を手にするおじいさん。ハンガーに掛けられた上着を見るお母さん。

「いいことある」

 「共産党さん、ほんとありがたいです」と話す三歳の子どもを連れてきた女性(30)は、子どもやおとな用のおむつをもらいました。一日おきに来て近所の人に配っているといいます。自身が欲しいのは下着です。やっとあいてきた地元の店では売り切れ。「雨が降ると乾かなくて。三枚を手洗いで回してるんです」と笑います。「笑っていれば、いいことあるさあ」

 七十二歳の女性は前回来たときにもらった厚手のカーディガンとズボンを着ていました。「あったけーさあ。ありがとよお」と、はいているズボンを左手でつまんでみせました。この女性も「下着が欲しい」といいます。「上着はずっと同じでも我慢できる。でも下着はねえ」

 ボランティアとして朝三時半に福島県を出た武田さん家族。中学三年の都さん(15)は「知らない人同士でも助け合えるというのはかっこいいなあ」と話します。センターに来た被災者に「また来てください」と声を掛けていました。「人の心の支えをしたい」という都さん。「頭だけでなく実際に体験してほしい」と公務員の父がいいます。

 母親の悦子さん(45)は、同県大玉村の共産党議員です。「日ごろの活動はなかなか目に見えにくい」。しかし、「人の力を引き出し、全面的に発揮できる力が共産党にある」と党の存在を実感しました。


「物資お届け隊」気持ちも通わせ

小千谷

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救援センターに設けられた救援物資のコーナー。赤ちゃんの着る物を探すお母さんに「ゆっくり探して」と声をかけるボランティア=新潟・長岡市

 日本共産党小千谷ボランティアセンター。午前九時すぎ、長岡市にある全国救援センターからボランティア隊十一人が元気に到着しました。

 打ち合わせの後、壊れた家屋のがれきなどを片付ける「片付け隊」、大きな避難所に入りきらず自宅のガレージなどで生活している人たちに生活必需品などを届ける「物資お届け隊」の二つに分かれました。

 「物資お届け隊」は山形県や栃木県、神奈川県のボランティアの人たち。全国から寄せられた支援物資を宣伝カーなど三台の車に満載し、同市谷内に入りました。

 「日本共産党です。支援物資をお届けにきました」と宣伝カーで集落を回ると、家々から被災者の人たちが集まってきます。

 同集落は水道とガスが止まったまま。数世帯が共同でガレージなどで炊き出しし、避難生活を送っています。使い捨てカイロや柿やミカンなどの果物、トイレットペーパー、ガスコンロのカセットボンベ、くつしたなどが人気です。

 長ネギとトイレットペーパー、使い捨てカイロを手にした八十歳の女性は、「みんなよくしてくれて本当にありがたいです。だんだん寒くなってきたし、早く地震がおさまってほしい。それだけが願いです」。

 山形市から参加した山口キクさん(65)は、「とにかくなにかしなければと思い参加しました。声をかけると泣きながら話すお年よりもいて、物資を届けるだけでなく気持ちを通わせることが大事だと感じました」と話しています。

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さあ出発だ

早く被災住民に必要物資を届けようと救援センターから運び出しをするボランティア=長岡市

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いざ目的地へ

ボランティアと、被災者に届ける全国からの支援物資をいっぱい詰めた車列が被災地に向かう=小千谷市

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作業の合間に

作業の合間の短時間に炊き出しの食事をかき込むボランティア=長岡市

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活動後反省会

活動を終えて開かれる反省会。被災者から喜ばれた感想や、改善の意見が出される=長岡市


救済制度パンフ渡し「困りごとや要望は?」

魚沼

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明日に備えて

1日の作業が終了。40人のボランティアが眠れるスペースに布団が一気に敷かれる=長岡市

 旧六日町(南魚沼市)の日本共産党魚沼救援センターは七日、地元の党員や全国から応援にかけつけたボランティアが中越地震の被災者や避難所にいっせいにでかけました。

 田村真一党魚沼地区委員長は、新潟県出身のやなぎ孝義・東京都国分寺市議をはじめ東京、長野、新潟県内からきた二十六人と、震度7に直撃された川口町に入りました。

 一軒一軒訪ねて、党作成のパンフレット『地震、台風・豪雨の被害で こんな制度が活用できます』を手渡し、「お困りのことやご要望はありませんか」とよびかけました。

 五十代の女性は、パンフを開いて「自分の会社が震災でだめになっている。中小企業や従業員を援助するどんな制度があるか知りたかったのよ」。じっとパンフに見入っていました。ブルーシートをかけた小屋で雨露をしのいでいる広井栄吉さん(64)は、「もうすぐ雪が降る。早く仮設住宅に入れるようにしてほしい」と話していました。

 ◇

 各センターともボランティアが引き揚げてくるのは暗くなってから、食事もそこそこに「反省会」。翌日からの活動にいかされます。

 全国センターでは、午後九時すぎ、荷物がかたづけられ、布団がいっぱいにしかれます。

 午後十一時、消灯しました。


全力で要求に応えたい

 全国救援センターの責任者、林通文・党幹部会委員の話

 救援センターは、「何かしたい」というボランティアの“よりどころ”と「どんな相談にものってもらえる」という被災者の“頼りになる場所”です。この二つをつなぐ役割をはたしています。活動の輪は、日を追うごとに広がっています。ボランティアを装い修理代を取るという詐欺が起きている中、ボランティアが身に着けている日本共産党を知らせるワッペンは、被災者に信頼感を与えています。全国の心を寄せ合うところとして、これからも全力で被災者の要求に応えていきたい。全国からのいっそうの支援もお願いします。



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