2004年7月16日(金)「しんぶん赤旗」
![]() 一人ぐらしのお年寄りの家のたたみを運び出す(左から)高橋、相田両市議ら=15日、新潟県三条市 |
新潟県の中、下越地方で起きた集中豪雨で、日本共産党中越北部地区委員会の水害対策本部は十五日、救援活動を始めました。
避難者が一番多く、電話の不通などで状況が把握できないでいた三条市では、党員が集まり、緊急の救援が必要な家に出向くことを決めました。
被害が一番ひどかった嵐南地区。床上浸水した一人暮らしの内山ヨイさん(72)宅から連絡を受けて、布川善樹地区委員長、相田芳枝、高橋誉両市議、党員がかけつけました。家の中は水は引いたものの、水にぬれて運び出せなくなった畳の処理を援助。手伝いにきていた妹の佐藤ヨシさん(69)は「一人では何もできないので本当に助かりました。これからもよろしくお願いします」と話していました。
新潟県中下越地方を襲った記録的豪雨による水害から三日目を迎えた十五日、大雨は降らず、天候は小康状態。見附市、中之島町ではほぼ全域で水が引きはじめました。
中之島町中之島では全壊した家屋や、濁流に流された車が道路をふさぐなど、被害のすさまじさを感じさせます。
ほとんどの家が、台所や風呂など生活に必要な一階部分が泥で埋まり、必死に泥をかき出す姿や、日用品を買い出しに出る姿、家族・親せき総出で被災家屋の片付けにおわれる被災者の姿が目立ちました。
決壊場所の近くに住む男性(64)は「とにかく一階の家財道具を外に出し、泥をかき出すだけ。この先のことを考えれば途方にくれるだけだ。早く普通に暮らせるようになりたい」と顔を曇らせました。
この地区は無職の七十五歳の女性、七十六歳の男性が逃げ遅れて水死しました。
逃げ遅れた住民らからは、「避難勧告が遅すぎたのではないか」と、町の対応に疑問を投げかける声が聞かれます。
佐藤信一さん(84)は「消防もこなかったし、サイレンも何も聞こえなかった。命からがら二階に上がるのが精いっぱいで、あとはヘリで助けられるのをずっと待っていた。上流で大雨が降っているのが分かっているのだから、しっかり対応しなかった町に責任があるのではないか」と語ります。
同町が避難現場の地域に避難勧告を出したのは十三日の午後零時四十一分。そのわずか十分後に堤防が決壊しました。
川の対岸の見附市今町地区では、それより一時間半も早い午前十一時すぎには区長などを通じて避難勧告が出され、住民は避難しています。
中之島で電気店を営む男性は「水の出はとにかく早かった。ダム放水のサイレンも聞かなかったが、百年安心といって河川改修を重ねてきたのは何だったのか。まさか堤防は切れないだろうというゆるみがあったのではないのか。商売はあがったり、何とかしてほしい」と話しました。
阿曽 隆記者
新潟県を襲った集中豪雨災害について十五日、新潟県は被害が出た三条、見附、長岡、中之島の三市一町にたいして、十三日にさかのぼり災害救助法を適用しました。これは、日本共産党国会議員団と新潟県委員会が十四日に新潟県庁を訪れ、要請していたものです。
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日本共産党「新潟等集中豪雨被害対策本部」の高橋千鶴子本部長(衆院議員)、木島日出夫、笠井亮両副本部長らは十四日終日、三条、見附両市、中之島町などの被災者を激励し要望を聞きました。その足で県庁を訪れ、災害救助法の早期適用を求めました。
災害救助法による救助 災害が発生した市町村(特別区を含む)の被災者保護のため、都道府県などはつぎの救助を行います。応急仮設住宅などの供与や被災住宅の応急修理のほか、被災者は炊き出しや飲料水、衣服・寝具・学用品・医療などの提供を受けられます。生業に必要な資金貸与を受けることができます。生活再建のための災害援護資金貸し付けなどの措置もとられます。