日本共産党

2004年7月15日(木)「しんぶん赤旗」

家は、仕事は 眠れぬ夜

泥と格闘、復旧に懸命

新潟豪雨

“公的な対策早く” 被災住民


 新潟県中・下越地方に甚大な被害をもたらした記録的な集中豪雨で、被災住民らは眠れない夜を過ごし、十四日を迎えました。

 阿曽隆記者



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約60センチまで水没し、泥をかき出す作業に追われる商店街=14日、新潟・三条市林町一ノ木戸商店街

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ヘリコプターで避難所にむかう被災者=14日、三条市

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まる1日以上飲まず食わずで家の2階に取り残され、ヘリで救助された被災者=14日、三条市立第三中学校


 見附市中央公民館には約六百人が避難。昨夜は寒さと不安で一睡もできなかったという同市本町の女性(74)は、「着の身着のまま、ボートでここまで運んでもらった。水はあっという間に首まであがった。避難所はコンクリートにゴザだから背中が痛くて。何か敷くものがほしい」と訴えました。また別の女性(60)は「アパートが冠水して帰っても寝るところもない。この先どうなるか不安です」と語りました。

 見附小学校には七百人が避難。床上浸水で避難した嶺崎町の女性(71)は、「こんなひどい雨は嫁に来て五十年以上になるが初めて。家のものが長岡市から戻れなくなったから消防の人におぶってここまできた。家はどうなっているのか、不安ばかり募り昨日は眠れんかった」と心配そうに語りました。

住民らが家の土砂かきだす

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水が引き始める中、後片付けに追われる市民=14日午前、見附市本町

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堤防が決壊、水が流れ込み半壊状態となった家屋=14日、中之島町

 一方、自宅の様子を心配して戻った住民らは、畳を上げたり、家の中に入り込んだ土砂をかきだすなどの作業に追われていました。

 また、水が引くにつれ被害の大きさが明らかになり、ぼうぜんとする姿も見られました。

 刈谷田川の堤防が決壊した中之島町では、決壊した堤防の修復が急ピッチで進む中、住民らが家屋内の土砂を必死でかき出していました。

 堤防の決壊地点にもっとも近かった妙栄寺は本堂が跡形もなく流され、墓石も流され土砂に埋まっていました。その先にはまるで道がついたように水が流れた跡が残っていました。

 写真店の店主、山木一朗さんは「低いところにたまった大量の土砂を引き上げるのは人力ではとても無理。早く処理しないと、この先、においもしてくるだろうし、早く公的な手を何かうってほしい。仕事もそうそう休めないし困った」と肩を落としていました。

これからも雨降るかどうか

 もっとも激しい降雨となった栃尾市大町では、商店街裏の山が崩れ、商店街の大通りを土砂で埋めました。この土砂崩れで、山を背にした宝光院の本堂は高さ三分の一ほどまで土砂で埋まってしまいました。

 商店街で土砂をかき出していた雑貨店の女性店主は、「昨日は山鳴りがして恐ろしく、体育館で百人以上が過ごしました。これからも雨がまだ降るのかどうか」と疲れた様子で話しました。



 集中豪雨 短時間のうちに集中して大雨が降り、中小河川のはんらんや土砂崩れ、がけ崩れなどによる甚大な被害が発生します。災害を含んだ気象現象の呼び名として定着しています。六月下旬から七月にかけての集中豪雨は、西寄りの強い風によって東シナ海方面から温かく湿った空気が流れこんで、日本付近の等圧線が舌の形のようになる「湿舌」をともなうことが多い。「姿なき台風」として警戒が必要です。


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