日本共産党

2004年4月12日(月)「しんぶん赤旗」

イラクは、どうなっているか

ファルージャ事件を転機に
市民への無差別攻撃が始まった


 イラクで日本人三人が武装勢力によって拘束された事件は、米軍の無法な占領支配に反対するイラク国民を抑圧する米軍と「連合」軍の全面的な軍事作戦、事実上の新しい戦争といっていいような作戦が繰り広げられているなかで起きました。イラク情勢はいまもっとも緊迫した状況にあります。その緊張と米軍の蛮行を象徴するのが、バグダッド西方にあるファルージャでの出来事です。

 「状況はまったくの大虐殺だ。アメリカのいう自由と民主主義とはこれか」―。五日から米軍が猛攻を続けるバグダッド西方のファルージャで、カタールの衛星テレビ・アルジャジーラの現地特派員が男性住民の憤る声を伝えました。日本人などの人質事件は、米軍が同地で掃討作戦の名の下で住民多数を殺害する中で起きました。

 ファルージャはバグダッドの西約五十キロ、米軍に対する抵抗が最も激しく続くいわゆるスンニ派トライアングル(イラク中部のイスラム教スンニ派多数地域)の中にある町で、人口は約二十万。

 三月三十一日、相次ぐ米軍の乱暴な「掃討」作戦に対する市民の抵抗闘争がつづく中、米民間警備会社の要員(といっても陸軍特殊部隊などの元兵士。警備会社も正体不明といわれる)が乗った車が市民に襲われ、要員四人が殺害されました。四人の遺体が住民によって傷つけられ、さらしものにされるという事件が発生しました。

 こうした行為にはファルージャ市民の間からも厳しい批判の声があがりましたが、他方で、住民の間に広がる米軍に対する憎しみの激しさを物語るものとなりました。

 報復を掲げた米軍は「不断の決意」と称した軍事作戦で海兵隊約千三百人を投入、五日からファルージャ全体を包囲し、新鋭の地上攻撃機で爆撃を加え、武装ヘリや戦車も動員して襲いました。複数のアラブ系衛星テレビは、約二百の子爆弾を周囲にまき散らし無差別に殺傷するクラスター(集束)爆弾が使われたと報じました。

 米占領軍当局がつくったイラク統治評議会のメンバーがこれでは「町全体にたいする懲罰行為だ」と抗議の声をあげています。

 アルジャジーラが伝えた現地の医療当局者の話によると、十日までのイラク人の死者は五百人を超え、負傷者も千人に上ります。死傷者には女性や子どもが多数含まれ、病院ではベッドがない負傷者が廊下にそのまま横たわっています。

 米軍は、市民の家だけでなく、イスラム教徒にとってもっとも神聖なモスク(イスラム教礼拝所)も攻撃。約四十人が死亡しました。モスク破壊行為はイスラム教徒にとっては絶対に許すことのできない蛮行です。市民の怒りをさらに燃え上がらせ、抵抗のたたかいをさらに激しいものにしています。

 「私はこれまで顔を隠してたたかってきたが、これからはこんなものは必要ない」。アルジャジーラは、米軍の猛攻が続く中、ファルージャの男性住民がこう訴え覆面を外すと、後ろで市民が気勢をあげる様子を放映しました。

 ファルージャでは一年前、米軍が侵入してきたときから蛮行が繰り返され、市民の抵抗が行われてきました。最初に抵抗運動が起きたのは昨年四月二十八日夜です。米軍は町の占領と同時に学校を占拠。屋上から銃をもった米兵が付近の周囲を監視し、住民を不安に陥れました。怒った住民が、「子どもたちの大切な学校を返せ」と訴え、抗議のデモを行いましたが、米軍が発砲。十人以上が死亡しました。虐殺に抗議するデモに再び発砲、多数の死傷者がでました。

 米軍は、この町のスンニ派イスラム教徒を「旧政権の協力者」として過酷な政策をとったことが住民の反感を呼びました。米占領当局は、こうした人々を公職から追放しただけでなく、容疑者として乱暴家宅捜索を行い、罪のない住民を拘束するなど、徹底して弾圧。今年に入ってからは、新たな軍事作戦を行ってきました。そしていま、一年前の再現あるいはさらに激しい米軍の戦争がこの町で行われているのです。

 (カイロ=岡崎衆史)


全土に広がる“占領への抵抗”

 四日にシーア派の聖地ナジャフで起きたスペイン軍など占領軍によるシーア派のデモにたいする発砲事件は、イラク情勢の局面を大きく転換させました。この事件では二十人以上が死亡し百五十人が負傷したといわれています。

 イラク人口の六割を占めるシーア派住民は、旧フセイン政権の抑圧を受けていたため、米英軍のイラク侵攻を歓迎する部分もあったとされています。しかし、復興や治安回復、失業対策の遅れなど、占領軍に対する不満はうっ積していました。

 こうしたなか、連合国暫定当局(CPA)は、占領政策を批判するシーア派ムクタダ・サドル師系の週刊紙を発行禁止処分にし同師の側近を逮捕しました。これに対し、サドル師支持者がデモ。抗議行動は、首都バグダッド、キルクーク、ナシリヤやナジャフに広がり、占領政策そのものへの批判へと発展しました。イラク全土で占領軍と抵抗勢力との戦闘も激化し、米軍はバグダッドのサドルシティーに武装ヘリを投入し、サドル師の事務所を攻撃しました。このとき、イラク人民間人も含め双方で多数の死者が続出しました。

 サドル師と距離を置きシーア派の反米の動きを抑えていた同派指導者のシスタニ師も、同議会が署名した基本法を「民衆の利益を害する」と主張し、占領政策に不満を表明していました。このため、シーア派全体が反米、反占領へと大きく傾きました。

 スンニ派指導部の「ムスリム聖職者連盟」の幹部は七日、カタールの衛星テレビ局アルジャジーラで「(シーア派と)思いは同じだ」と述べ、両派による反占領の大同団結があることを示唆。八日に首都バグダッドでシーア派とスンニ派双方への連帯と支援を呼びかける集会が行われ四千人が結集し、翌九日には一万人の合同礼拝が行われました。反占領でシーア派とスンニ派が共同したのです。

 しかし、イラク国民全体を敵にまわした米国は、いまでもその強硬な姿勢を崩していません。ブッシュ大統領のマクレラン報道官は六日、「われわれの決意は固く、われわれが勝利する。大統領はわが軍を誇りに思っている」と強弁、ラムズフェルド米国防長官は同日、米軍増派を表明しました。松本眞志記者


親米派統治評議会でも米国離れの動き顕著に

武力弾圧に抗議

閣僚らも相次ぎ辞任 警察官が「離脱宣言」

 米占領軍がファルージャをはじめイラク各地で軍事作戦を展開しイラク国民抑圧を強めるなかで、米主導の占領体制を支えるためにつくられたイラク統治評議会と暫定「内閣」やイラク警察、「イラク軍」の米国離れの動きが顕著になっています。占領を補完する体制の一角が崩れはじめたといっていい状況です。

 統治評議会のイヤド・アラウィ評議員とアブデルバシト・ツゥルキ人権相は九日、ファルージャでの米軍の武力弾圧に抗議して辞任しました。バドラン内相も前日の八日辞表を出しています。これも米軍のやり方への不満からといわれています。

 また、同評議会のアドナン・パチャチ評議員(元イラク外相)は、とりわけファルージャでの米軍の作戦について「集団的な懲罰だ」「違法であり、まったく容認できない」と米軍の軍事作戦を厳しく非難。ガズ・ヤウェル評議員も「(ファルージャの)町全体に対する集団的懲罰であり、これ(武力弾圧)を拒否する」と述べ、平和的に解決されなければ、辞任すると表明しました。

 シーア派のアブデルカリム・モハメダウィ評議員は、イラク全土で流血が終わるまで評議員の資格を自ら停止すると表明しました。

 イラク戦争で米軍の軍事作戦に協力したクルド人を代表するマフード・オスマン評議員も米国のやり方は「逆効果だ」と批判しました。

 統治評議会のメンバー二十五人は米主導の機関、連合国暫定当局(CPA)によって任命されました。クルド人を除き、ほとんどはフセイン政権時代、海外に亡命し米国に協力してきた人物ばかりです。その親米的性格は、昨年七月の発足にあたって、評議員の一人チャラビ・イラク国民会議議長がフセイン政権を倒したことで「ブッシュ(米)大統領に感謝する」と表明したことに示されます。

 その統治評議会内からの相次ぐ米国批判は、米国の横暴に対するイラク国民の怒りが反映しているといえます。

 イラク警察と「イラク軍」は昨年十一月、イラク武装勢力からの米軍への攻撃が激しくなるなか米軍の負担を減らす狙いで、「治安維持」を肩代わりするものとして育成されてきたものです。

 そのイラク人警察官が首都バグダッド郊外のシーア派居住地域のサドルシティーやイラク南部のバスラ、さらにはカルバラでのシーア派の祭典アルバインの警備に当たらず、「任務放棄」、あるいは「われわれは同胞の側に立つ」と宣言していると伝えられます。

 そして、ファルージャでの米軍の作戦に従軍させられている「イラク軍」部隊はイラク人とたたかうのを拒否したと伝えられています。

 伴安弘記者


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