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日本共産党

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赤旗

党首討論で不破委員長が示した核兵器に関する日米間交渉についての米政府資料(その2)

2000年3月23日「しんぶん赤旗」



〔資料5〕

池田首相訪米準備のために、米国務省が作成した部内文書(1961年6月14日付)

 【解説】池田勇人首相とケネディ大統領との最初の日米首脳会談は、一九六一年六月二十日からワシントンで開かれ、六月二十二日 には、日米共同声明が発表された。この文書は、この首脳会談で、ケネディ大統領の側から、「原子力潜水艦の日本寄港」の問題が提起される場合がありうると 考え、その場合にそなえて国務省が作成した部内の覚書である(実際には、原潜寄港問題は、首脳会談ではなく、並行して六月二十一日におこなわれたラスク国 務長官と小坂外相の会談でとりあげられ、米側からその希望が表明されたが、日本側からは、国民の世論からみて現時点では困難だとの見解がのべられ、今後の 問題として持ち越された。)

 この部内文書には、日本政府とのあいだに、核兵器を積載した艦船・飛行機の「通過(トランジット)」について、「秘密裏」の合意があることが、次のように明記されている。

 「日本との条約取り決めでは、核兵器が日本に『持ち込まれる(イントロデュース)』前に日本との公式協議を必要とするが、実際には、日本政府は、日本を通過する(トランジット)艦船と航空機に積載された〔核〕兵器については関知しないと、秘密裏に合意している。」

(太字は編集局)


〔極秘〕

一九六一年六月十四日

池田首相のワシントン訪問(一九六一年六月二十~二十三日)
原子力推進潜水艦の日本寄港招待(大統領が提起する可能性あり)

 

 推奨するアメリカの立場

1 われわれは通常推進の攻撃型潜水艦を着々と原子力推進型潜水艦に交替させつつあり、これら潜水艦が日本の港湾への入港を認められることは米海軍の作戦要件を満たすうえで重要性を増している。

2 求められないところに原子力推進艦船の受け入れを強要することはアメリカの政策ではないが、ゆくゆくは日本の港湾から原子力推進潜水艦が日 常的に作戦行動をおこなうことがのぞましい。とりわけ、作戦行動中の他の米海軍艦船が横須賀と佐世保の港を使用しているのと同様に使用したいと思う。この ため、われわれは近い将来に原子力推進潜水艦の日本寄港の招待を受けることを歓迎する。

3 このような寄港が日本政府にもたらす困難な政治問題の打開を援助するためにわれわれが準備するであろう一連の手続きがある(これに付け加えられる他の論点については討論部分を参照のこと)。

4 この問題にかんするすべての討論は、日本政府によるそのような寄港の招待の発表以前には、秘密にされるべきと考える。

 

 想定される日本の立場

1 原子力問題は日本におけるきわめて微妙な問題の一つである。日本は地上の原子力発電施設を設置しているが、原子力推進潜水艦は日本人の気持ちのなかで核兵器と直接に結びつく。

2 日本においては艦船の原子力推進に大きな関心があり、われわれは原子力推進の民間船舶を、大きな困難なしに迎えることができよう。他方、海 軍艦船については、確実に原子力と核爆発物についての混同が生じよう。この混同は、もしアメリカが日本に寄港する原子力推進艦船は核兵器を積載しないこと を明らかにできれば、減退するかもしれない。

3 アメリカの要望には、もっとも注意深い検討が加えられなければならない。返答は後のことになるだろう。

 

討論

 原子力推進潜水艦の日本の港湾使用の問題は、国防総省の要望により池田首相の訪米時に持ち出されようとしている。西太平洋水域に配属されてい る通常推進の攻撃型潜水艦は、次々に原子力推進潜水艦にとってかわられつつある。国防総省は、作戦要件を満たすうえでこれら艦船の日本の港湾への入港許可 がますます重要になっていると主張している。このため、原子力推進潜水艦が在日米軍基地に日常不断に(ルーティン・ベイシス)入港することをめざし、その 第一歩として日本政府が快く原子力推進潜水艦の日本寄港の招待をおこなうことが期待される。

 原子力推進潜水艦の日本寄港は、米日安全保障関係にたいする日本の反対分子によって、米軍艦船の日本寄港を認める現在の取り決めへの憤激をか きたてる口実としてうまく利用されるかもしれない。もし彼らが核兵器の妖怪をつくりだすことができれば、彼らは核兵器に関連するあらゆるものに強固に反対 する日本国民の大多数の共感を取り込むだろう。これは、日本への米艦船の立ち寄り(エントリー)にとってまったく申し分のない現行の諸取り決めを危うくす るかもしれない。日本との条約取り決めでは、核兵器が日本に「持ちこまれる(イントロデュース)」前に日本との公式協議を必要とするが、実際には、 日本政府は、日本を通過する(トランジット)艦船と航空機に積載された〔核〕兵器については関知しないと秘密裏に合意している。日本国民はこの秘密合意に ついて知らないので、もし在日米軍基地に入港する米海軍艦船に核兵器が積載されていたらアメリカが「ごまかしている」と当然考える。

 日本におけるこの広報上の問題は、アメリカの原子力推進の攻撃型潜水艦は核兵器を積載していないと公式に言うことができれば、簡単になるだろ う。事実そうなのだが、公式にそのように表明することは、特定の場合における核兵器の存在は否定も肯定もしないという現行の政策に反することになろう。

 

追加的論点

 日本における広報上の問題に対応するための援助として、われわれがおこなう用意のある一連の行動がある。それには以下のものが含まれる。

1 原子力推進装置の性格と安全性についての適切な公式の表明。これには原子力推進潜水艦が安全に寄港している世界の港湾のリストを含む。

2 特定の艦船の核兵器積載については否定も肯定もしないという現政策の枠を守りつつ、攻撃型潜水艦が実際に核兵器を積載していないことをできるだけ明らかにするようにつくられた、攻撃型潜水艦の任務についての適切な声明。

3 潜水艦の推進装置とすでに日本においても地上に設置されている原子力発電設備との類似性を宣伝物で強調すること(このやり方においては、最 初の寄港が民間船舶であればさらに効果的だと考える。残念ながら、最初の民間の原子力推進船舶であるサバンナ号の太平洋航海は、ここ数年は予期できな い)。

4 日本政府高官が搭乗する潜水艦の短い航海の手配。

5 日本の海上自衛隊対潜部隊との演習にこの種の潜水艦を使用する手配。


〔資料6〕

1963年3月26日、ケネディ大統領を中心にひらかれた、日本国会での政府答弁をめぐる対策会議の記録

 【解説】一九六三年に、アメリカの原潜寄港問題をめぐって、日米両国政府のあいだに、「事前協議」問題にかかわる立場の重大な違いが表面化した。

 アメリカ政府は、一九六三年一月九日、攻撃型原子力潜水艦の日本寄港を正式に申し入れてき、一月下旬に、日本政府は、このことを発表した。国 会では、原潜寄港問題をめぐる論議が活発になり、政府は、国会答弁で、(1)核兵器を積んだ艦艇や飛行機の日本への立ち寄りは事前協議の対象になる、 (2)日本政府は、核兵器を積んだ艦艇の日本への寄港は認めない、という立場を明らかにした。

 志賀健次郎防衛庁長官「わが方は、日本の港に寄港する場合においては、核兵器は絶対に持ち込んでは相ならぬ、かように固い約束をいたしてお る」。「われわれは信頼の上に立って、もしも核装備を、核弾頭なり核を装着したものを艦艇なりあるいは飛行機に持ってくるというような場合には、必ず事前 協議に付せらるべきものであると信じておるし、またアメリカとかたい約束をしておるのであります」(三月二日、衆院予算委員会)

 池田勇人首相「私は、核弾頭を持った船は、日本に寄港はしてもらわないということを常に言っております」「核兵器を日本に持ち込むとかなんとかいうようなことは、全然話題にも何にもなっておりません」(三月六日、参院予算委員会)

 この国会答弁を、アメリカ政府は、日米間の取り決めに違反するものとして重視し、三月二十六日、ケネディ大統領を中心にした対策会議が、ホワイトハウスで開かれた。この会議には、大統領の安全保障問題担当特別補佐官、国務・国防両省の首脳も参加した。

 この資料は、出席した国家安全保障会議委員マイケル・V・フォレスタルが作成した、この会議についての「記録のための覚書」である。

 この記録には、「核密約」にかかわる次の諸事実が記載されている。

 (1)この会議では、日本政府が、両国政府間の「了解内容」(秘密取り決めのこと)を知ってのうえでの国会答弁をしているのかどうかも問題になった。

 (2)会議の結論として、国務長官がライシャワー大使に指示して、大平外相と会談し、

 大平外相が「了解内容」を知っているかどうかを確かめること、

 国会答弁とこの「了解内容」との明白な矛盾に注意をうながすこと、

 今後の国会での「ものの言い方」について論議すること、が決められた。

 (3)国務長官は、大平外相から、日本に寄港している米艦船が核兵器を積載しているかどうか質問された場合の対応として、その質問には直接の 形では答えないようにすることを提案したが、ケネディ大統領は、必要とあれば、「米艦船に核装備が積載されている事実を認める言い方」も検討するよう提案 した。

 (4)核積載艦船の日本寄港にかかわる事実問題については、会議に出席したグリフィン提督(海軍作戦部長代理)が、発言のなかで、次の二点を認めている。

 1 一九五〇年代の早い時期から、日本の港湾に寄港している空母には、核兵器が通常積載されてきたこと。

 2 今後、空母機動部隊を構成している駆逐艦や巡洋艦も、核兵器を装備することになるだろうこと。(太字は編集局)


「機密」

記録のための覚書

一九六三年三月二十六日

主題=米核兵器装備艦船の日本港湾への立ち寄り(トランジット)に関する大統領の会議

 

 大統領は本日午後六時、〔ラスク〕国務長官、ジョンソン氏〔国務副次官〕、ウィリアム・バンディ氏〔国際安全保障問題担当国防副次官補〕、 ルーサー・ハインズ提督〔国際安全保障問題担当国防副次官補事務所極東部長〕、C・D・グリフィン提督〔海軍作戦部長代理(艦隊行動担当)〕、ジョセフ・ イェーガー氏〔国務省東アジア局長〕、マクジョージ・バンディ氏〔安全保障問題担当大統領特別補佐官〕、および、マイケル・フォレスタル氏〔国家安全保障 会議委員〕と会合した。

 大統領は、右の主題にかんする本日付の覚書を読み上げ、複写が添付されていた一九六三年三月二十三日付の電報案文を検討した。

 国務長官は、一九六〇年一月の日本との相互安全保障条約の背景と、アメリカの核兵器装備艦船の日本港湾立ち寄り(トランジット)に関連して起 きている諸問題について説明した。国務長官は、最近数週間、ノーチラス型潜水艦(原子力推進だが核兵器は装備していない)の寄港の申し入れにかんし、日本 の国会でいくつかの質問が出されているとのべた。日本の首相と防衛庁長官は二度にわたり、アメリカは核兵器を装備した艦船を日本の港湾に寄港させてはこな かったと信じていると示唆するような答弁をおこなった。

 グリフィン提督は、一九五〇年代の早い時期から核兵器は通常、日本の港湾に寄港している空母の艦上に積載されてきたとのべ、さらに太平洋における空母機動部隊を構成している駆逐艦や巡洋艦もゆくゆくは同じように〔核〕装備されることになろうと語った。同提督は、もし日本の港湾が核兵器を積載したアメリカの空母〔の寄港〕を拒否したら、より小型の艦船〔訳注=駆逐艦や巡洋艦をさす〕も、単一機動部隊を構成している以上、日本の港湾に入ることができなくなるだろうと付け加えた。

 大統領は、もしノーチラス型潜水艦の寄港申し入れを取り消せば、この問題は下火になるだろうかとたずねた。イェーガー氏は、日本の国会でのこ の問題の論議は度を越したもので、もしこの提案を撤回したらかえって疑念を引き起こし、もっと大きな問題の議論が白熱化するだけだと思うとのべた。

 ジョンソン氏は、電報案文に示された外交的措置について説明したが、そのなかではとくに、ライシャワー大使が大平外相に対し、もし同外相が事実を承知していないようなら、アメリカがおこなってきたことの真相をきちんと告げる可能性も含まれていた。大統領は、これが賢明な戦術かどうかに疑問を呈し、問題があるかどうか自分たちでさえまだ分からない時点で強引に決着をつけることにならないかとのべた。

 国務長官は、ライシャワー大使が大平外相に会いに行くよう指示したいと提案し、大平氏が以前の〔アメリカ政府と〕日本政府とのあいだの了解内容を知っているのかどうかを確かめ、この了解内容と国会での池田氏や志賀氏の言明との明白な矛盾に 大平氏の注意も促すよう努めつつ、国会での外相のものの言い方について論議したらどうかとのべた。国務長官は、もし日本に寄港している米艦船が核兵器を積 載しているかどうかという質問をぶつけられたら、核兵器の所在や移動については明らかにしないとのアメリカの基本的政策を繰り返すだけにすることを大使に 指示し、それ以上は進まないよう提案した。

 大統領は、必要とあれば、米艦船上に核装備が積載されている事実を認める言い方を――ただし、日本にとって政治的に受け入れられるような言い方で検討したらどうかと提案した。大統領は、太平洋水域における米艦船に積載された核装置は、日本の領海に入る前に使用不能状態にされるとのべることもできるのではなかろうかと示唆した。

 国務長官は、電報の案文を書き直し、翌朝、大統領の承認をもらうことに同意した。

マイケル・V・フォレスタル


〔資料7〕

1963年4月4日の、ライシャワー大使からラスク国務長官にあてた電報

 【解説】大統領のもとでおこなわれた会議の結論にもとづく訓電は、三月二十七日に在日米国大使館あてに送られた。ライシャワー大使は、この訓電にもとづいて、四月四日、大平外相をアメリカ大使公邸での朝食会に招き、そこで、ワシントンから指示された問題を、大平外相と話し合った。

 この資料は、同日、ラスク国務長官あてに送られたライシャワー大使の電報で、そこでは、「秘密の『討論記録』の解釈にかんして、現行のアメリカ側説明の方向に完全にそって、完全な相互理解に達した」ことが、大平外相との会談の結論として報告されている。

 そこには、「核密約」にかかわる次の諸事実が記載されている。

 (1)大平外相とライシャワー大使が、この席で、岸・ハーター交換公文と、一九六〇年一月六日に合意された秘密の「討論記録」とを、テキストにもとづいて検討しあったこと。

 (2)アメリカ側が「イントロデュース」という言葉で、日本側が「もちこみ」という言葉で表現しているものは、条約上は、「日本の領土上に配 置したり(プレイス)、設置したり(インストール)すること」を意味するもので、「艦船に積載された核兵器が日本の領海や港湾に入ってくる事態」には適用 されない、という解釈で、意見が一致したこと。

 (3)池田首相も大平外相も、このときまで、秘密の「討論記録」のことは知らなかったが、大平外相が、今後「もちこみ」という言葉を、アメリカ側と同じ限定された意味で使うことにするとのべたこと。

 (4)アメリカ側は、ケネディ大統領の提起にもとづいて、必要になれば、核兵器を積載した軍艦の日本寄港の事実を認める用意をしていたが、大平外相から、そういう質問がなかったので、この事実は言及しないままですんだこと。(太字は編集局)


「極秘」「宛先者だけ閲覧可」

受信 一九六三年四月四日午前八時七分

番号 2335

発信 東京(修正版)

宛先 国務長官

 一、私は四月四日、世間の目を避けるために大使館官邸での朝食会で大平外相と会って、関連電報〔訳注。一九六三年三月二十七日国務省発駐日大使館あて電報第一八一〇号のことと欄外に記されている〕にあった要点を彼の前に持ち出した。大平氏とのあいだで、秘密の「討論記録」の解釈にかんし、現行のアメリカ側説明の方向に完全にそって、完全な相互理解に達したが、 そのさいわが艦船上の核兵器の存在という具体的な問題には言及しなかった(またそれに言及するよう求められることもなかった)(われわれの解釈と確かに秘 密記録の存在自体、いずれも大平氏にとっては明らかにニュースだった)。大平氏は態度表明を冷静に受け止め、われわれの軍事行動や公的な態度表明でのこれ までの慣行を、いささかでも変えさせようと求めるようなそぶりも見せることなく、日本政府を代表してものを言うトップの人びとに、この問題でもっと慎重な 言葉遣いをさせることは可能だと確信している様子だった。一口に言って、情報漏れや日本政府部内の抵抗の可能性を完全には打ち消せないものの、今回の行動 はわれわれの期待しえたとおりに成功裏にすすみ、一九六〇年以来われわれ相互の信頼がいかに高まっているかを裏付ける際立った実証となった。

 二、私は、関連電報のなかの態度表明にもとづきながら、それを次のような流れに組み立てた。以下その大要を詳述するが、これは条約第六条と関連諸文書にかんするわれわれの共通の了解内容の根幹をなすものである。

 (A)私は大平氏にたいし、格式張らず親しく話したいとのべたうえで、われわれの〔両国〕関係の緊密化にともない、相互理解の必要が増大する 一方、互いのあいだの誤解はそれだけいっそう有害になっていると告げた。(これに続けて私が話したことだが、)国会での最近の若干のやりとりから、われわ れの防衛関係に影響をおよぼす重要問題をめぐり見解の相違があらわれているかもしれないことに、危惧(きぐ)の念を抱かされた。

 (B)それから私は、核兵器の所在を否定も肯定もしないというわれわれの変わることのない政策について、あらためて説明した。これとの関連 で、特定の艦船に特定の時点で核兵器が積載されているかされていないかを公言すれば、ソ連にかなりの戦略的利益をもたらすことになるだろうと指摘した(こ れは大平氏にかなり納得を与えたようだった)。われわれの条約によって日本はいくらか特別の事例となっており、これによってわれわれは慣習的態度を手直し して、日本には核兵器が「持ち込まれた」(イントロデュース)ことがなかったとすすんでのべたり、事前協議なしに持ち込まれることはないと言っているのだ と説明した。(私はついでに、われわれが「イントロデュース」という言葉に固執していることの意味をはっきりと説明し、それは日本の領土上に配置したり[プレイス]設置する[インストール]ことを意味していること、また日本側もモチコム(MOCHIKOMU)という言葉を使って同じ意味を伝えようとしたのだろうとのわれわれの以前の想定についても説明した。大平氏はこれにたいし、この解釈のもとでは、「イントロデュース」というのは、艦船に積載された核兵器が日本の領海や港湾に入ってくる事態を仮定したら、その事態にはあてはまらないことに注目すると 言ったので、私はそのとおりだとのべた。大平氏はさらに、日本はこれまでモチコム(MOCHIKOMU)という言葉をこのような限定された意味で使ったこ とはなかったが、今後はそうするとのべた。)これにたいし、私は、第七艦隊の場合には世界のどこにおいてもいつでも核兵器の所在は否定も肯定もしないとい う基本的政策にしたがっており、これとともに日本にたいする条約上の誓約を誠実に順守してきていると指摘した。ついで、私は大平氏とともに、〔一九六〇年〕一月十九日の〔日米安保条約〕第六条に関する交換公文の日英両語テキストと、一九六〇年一月六日の秘密の「討論記録」の2A項と2C項の英文テキスト(日本文はない)をあらためて検討した

 (C)もしのぞめば討論を打ち切る機会を大平氏に与えたあと、明白な意見の相違をはっきりと裏付けた最近の発言についての検討にすすんだ。ギ ルパトリック〔国防次官〕のホテルオークラでのマスコミ・インタビューでの言明に私はふれた。「日本に核兵器を配置(プレイス)する計画はもっていない」 というのがそれだが、つづけて三月七日と三月二日の国会論議での大平氏自身の言明を引用し、これは条約に関するわれわれの解釈とおおよそ一致しているとの べた。ついで、志賀〔防衛庁長官〕の三月二日の言明、〔池田〕首相の三月六日の言明をはじめ、われわれの解釈と一致しない国会での答弁の実例を指摘した。

 (D)私は最初の態度表明の発言の終わりに、否定も肯定もしない等々のアメリカの不変の政策に繰り返しふれて、その理由も説明した。そして、 いま言及したような言明は、この政策と対立することになり、双方の政府に非友好的な諸勢力に利用されることになるかもしれないと強調した。

 三、態度表明とその後の論議の全体をつうじ、アメリカの海軍艦船や航空機が日本の港湾や領空で実際に核兵器を積んでいたことがあったとか、実 際に積むことになるだろうとかと言明したり暗にほのめかすことは用心深く避けた。代わりに、両国を代表してものを言う人間のあいだの相違がもたらす危険性 や、ソ連にたいしどの特定の米艦船が核兵器を積んでいるとか積んでいないとかをはっきり言うことがのぞましくないことなどを強調した。

 四、攻撃型原子力潜水艦〔の寄港問題〕については、大平氏が自分から、条約によってわれわれ〔アメリカ〕は攻撃型原潜を持ち込む権利を持って いるが、政治問題への配慮と日本政府への「親切心」からわれわれ〔アメリカ〕がこの問題についての日本政府の見解を尋ねた〔と受け取っている〕とのべた。 大平氏は、これが条約上の「事前協議」ではないことを日本政府は明確に理解しているとのべた。私は、それは正しい、しかし攻撃型原子力潜水艦の寄港とポラ リスについて公式の声明を発表したのだから、われわれはもちろんそれを順守するとのべた。大平氏は、自分たちはもちろん攻撃型原子力潜水艦の寄港にかんす る現在の立場を維持しなければならない、とのべた。

 五、大平氏の反応は、素晴らしいものだった。彼は、米国が「イントロデュース」という言葉を使ってあらわそうとした意味を、自分が(そして多分池田首相も)理解していなかったことを認めた。しかし、それが明らかになったことに少しもうろたえなかった。 大平氏は、艦船上の核兵器の所在を否定も肯定もしないが、同時に条約を条文通り順守するとのべているわれわれの方針に、十分に納得している様子だった。日 本語の言明を突如として「訂正」したり、その方向を実質的に変えるようなやり方は、不要な注意をかきたてるだけだということに大平氏は賛成した。もっと も、大平氏は今後、彼やその他の日本政府関係者らが、われわれ〔米国〕は条約を順守するとのわれわれの保証に全面的信頼を寄せるよう主張する立場を取り続 けるであろうと認めた。彼らは、ひきつづき「イントロデュース」にたいしてモチコム(MOCHIKOMU)という言葉を使用するだろうが、これから先はわ れわれが「イントロデュース」という際になにを言おうとしているかを理解するだろう。

 六、この問題の今後のことに関して、大平氏は〔一九六〇年〕一月六日付の秘密の「討論記録」のテキストを調べて、問題を池田〔首相〕と話し 合ってみるとのべたが、問題が起きるとは予測していなかった。もしこの問題についてさらに話し合う必要が生じたら、私に連絡をとると約束した。もっと長期 的な将来のことで、日本政府が最近の若干の国会答弁での明らかな食い違いを説明するよう迫られる可能性がいくらかあるとしても、大平氏は、日本国民が核防 衛の必要性への理解を強めており、その結果三年かそこらのうちにこの問題の全体を恐らく空論にするであろうとのべた。

 七、会話の終わりの方で、大平氏は、相互の絶対的な信頼がわれわれの関係のなかでもっとも肝要な点だとの見地に賛成だと表明するとともに、い まおこなっているような類の話し合いをおこなえるようになったことは、一九六〇年以来両国がその関係において実現した前進のしるしだとのべた。あたかもそ のことを裏書きするかのように、大平氏は、日本に関して私〔ライシャワー〕が持ち出したいと考えている他の全般的問題はないかと尋ねた。この機会に私は、 フランク・ペースが先日私に、彼と池田氏との話し合いについて話してくれたことに言及したが、ペースはそのなかで世界の負担のなかの不釣り合いなほどの 〔大きな〕部分を率先して分担してきたアメリカ国民の気持ちは、終わりに近づきつつあり、他の国々が重荷のより大きな分担をしなければならないと認識する 時がやがてくるとのべた。私は大平氏に、日本の大衆の政治的再教育には時間がかかることは知っているが急がなければならないと語った。大平氏は賛成しなが らも、日本が確かに速度を上げつつあることを感じており、やがて必要を満たすために、かなり早い時期にみずからの分担をになえるようになるだろうとのべ た。大平氏は付け加えて、自分は個人的にアメリカの立場が合理的であり、日本の立場は非合理的であると考えているとのべた(事実、彼は時々同僚たちに、ア メリカのスポークスマンだと非難されてきた)が、負担の分担を請け負う日本の能力に関しては楽天的だった。

 八、コメント。私は、賢明かつ勇気ある〔国務〕省の指導に感謝を表明したい。〔われわれが今回とった〕行動によって、条約の解釈上の危なっかしい相違が取り除かれただけでなく、米国に対する日本政府の友好的態度と信頼度を強化する結果となって、われわれの利益が促進されたと信じている。 もちろん、大平氏が日本政府のなかの池田氏その他の人々の、あまり協力的でない態度にぶつかったり、情報の漏洩(ろうえい)が起きるといった危険は依然と してあるが、もしわれわれが沈黙することによって拡大するにまかせたであろう危険とくらべるならば、これらの危険は小さなものだと考える。

ライシャワー


〔資料8〕

1963年4月6日の、ラスク国務長官からライシャワー大使にあてた電報

 【解説】これは、ライシャワー大使の報告を読んだラスク国務長官が、大使あてに送った電報で、アメリカ政府が、大平・ライシャワー会談の結果を「非常な満足」をもって迎えたことが、表明されている。

 アメリカの攻撃型原子力潜水艦の日本寄港は、それから約一年七カ月後、一九六四年十一月十二日から開始された。


「極秘」

東京・米大使館宛て第1896号

一九六三年四月六日午後三時五十五分発

〔ラスク〕国務長官より〔ライシャワー〕大使のみ閲覧可

大使館電報第2335号〔関連〕

 

 大平とあなたの会話に関するあなたの報告に非常に満足している。微妙な課題を首尾よくやりとげられて、おめでとう。あなたも指摘したが、この 会話は、相互信頼の確立においてわれわれが日本とともにどのあたりまで前進したかを浮き彫りにしている。この前進は、東京での任務を賢明になしとげたあな た自身に多くを負っている。

ラスク


政策