日本共産党

4町村合併の長野・木曽町

新町長田中さん始動

町づくりの知恵いっぱい 住民要求実現力合わせ

2005年12月4日(木)「しんぶん赤旗」



 長野県木曽福島町で2期7年7カ月、町長として奮闘してきた田中勝已さん(68)。11月27日、同町と日義村、開田村、三岳村が合併して誕生した木曽町(人口1万4千人)の最初の町長選挙で初代町長に選ばれました。地元紙は「『豊かな経験』選択」(「市民タイムス」)と書きました。君塚陽子記者

合併後の選挙で共産党員首長の誕生は、秋田県湯沢市の鈴木俊夫市長(4月当選)に続きます。

村の奥まで訪ね

 中央アルプスと北アルプスに囲まれた木曽谷。紅葉真っ盛りです。

 街を歩くと、木曽福島関所跡など歴史文化遺産の案内標が町のあちこちに。観光地らしくトイレも整備され、歴史を感じさせる街並みが続いています。

 雑貨店の女性店主(60)は、「お嫁に来たころに比べると、人口は半減しました。でも田中さんは街の活性化に力を入れ、街がきれいになった。私もがんばろうって元気になるわね。もちろんこれからも田中さんを応援します」と笑顔で。

 町長選は元県職員(60)との一騎打ち。田中さんは、政党を超えた幅広い支持を集め、5637票(58・7%)を獲得しました。

 選挙中、田中さんとともに旧4町村を走り回った元町議(83)は、「村の奥の奥まで行って、住民の話を聞き、高原を歩き、観光利用を考える。住民の要求をあれほど体全体で受け止めて、行動に移す人は見たことない。党派を超えて、活気ある木曽の町づくりに欠かせない人。新町長の田中さんをみんなで支えたいね」と喜びます。

共感よんだのは

 田中さんは、旧木曽福島町で生まれ育ち、木曽山林高校を卒業。高校時代のエピソードは、世界的バイオリン製作者の半生を描いた、まんが『天上の弦』にも登場するほど。青年団や民青同盟の活動に取り組み、その後、日本共産党町議として8期、住民要求の実現のために活動してきました。

 町民参加、町民の利益第一の町づくりは、旧町長時代から一貫しています。

 そんな姿勢は共感を呼び、旧町長時代、第3セクター方式の「町づくり会社」の立ち上げでは、「町を良くしたい」という町民の出資が予定の倍の3千万円も集まりました。同社はマップづくりや古民家を使ったレストランづくりなどを進めています。同社の社長(66)は、「田中さんはいろいろなアイデアを持っていて、びっくりします。今後は旧4町村それぞれの良さを生かした観光地づくりを」と期待します。

 町づくりに国、県の補助金を増やして、取り組んだ実績も注目されます。

 数々の実績に加え、4町村を公平に扱うという田中さんの合併の姿勢に、現職村長や議会議長(当時)、元村長、農業委員会会長や商工会会長などが田中支持を表明。選挙中には、「共産党籍を隠して、無所属とは有権者を愚ろうする」という相手陣営の宣伝に、田中さんを推す広範な市民でつくる「木曽町を考える会」が「町長選は、町民の代表を選ぶもの。政党を選ぶものではありません。幅広い住民の支持を受けた場合、無所属で出るのが自然」と反論しました。

声をよく聞く人

 新町長への要望も大きい。

 古い町並みの通りを散歩していた女性(70)は、「田中さんは、合併協議会会長として合併をまとめ、新しく生まれた木曽町の土台をつくった人だから、その政治的な力に期待しています。福祉にも力を入れて」と。

 「木曽福島では、児童手当や乳幼児医療費の無料化も充実して、子育てに関しては確実に良くなった」と話す7歳と4歳の男の子を育てるお母さん(31)。「夫の手取りも減る一方で、増税なんて話もあるし。合併して住みにくくなったなんてことのないよう、安心して暮らせる町に」といいます。

 旧三岳村の農産加工施設「みたけグルメ工房」組合長さん(65)は、40人の女性と一緒にジャムや漬物など特産品づくりに力を入れています。「地域の創意工夫を生かすことが本当の地域の活性化につながります。田中さんは住民の声をよく聞く人。知恵も要望もどんどん出して、一緒にがんばりたい」と西尾さん。

 自分たちの町を自分たちの手で――新しい木曽町に向けて、動きだしているようでした 。


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