日本共産党第22回大会議案

不破さん独占インタビュー

話題の「前衛政党」「社会主義革命」「憲法と自衛隊」…。

「しんぶん赤旗」日曜版2000年10月1日号


 規約から「前衛政党」「社会主義革命」の言葉がなくなったのは? 「規約に続いて綱領改定も」という話はほんとうか。自衛隊の段階的解消論って?――。いま内外で注目されている日本共産党第二十二回大会の議案について、不破哲三委員長にインタビューしました。マスコミで、論評まじえて報道されている数かずに不破さんがズバリ答えます。

 ききて 大内田わこ編集長


長い規約前文バッサリ その理由は

大内田わこ編集長 七中総(策七回中委員会総会)で「規約改定案」が発表された当日の夕刊は、オリンピックの報道を押しのけての一面トップで、私たちもびっくりしました。その後も連日話題をよんでいますが…。

不破哲三委員長 だいたい今度の中央委員会総会は、マスコミも最初はあまリ注目しなかったようでした。前の日に、規約改定案を委員長である私が報告するということを聞いて、あれっと思った向きもあったとか。

大内田 よっぽどのことがあるかと。

不破 報道や注目のしかたはいろいろありますか、あれだけ大きな報道になったということは、やはり日本の社会のなかで私たちの党が大きな関心の的になっているということの表れだと思います。規約についていうと、四十二年前にいまの党規約の原形ができたわけですが、そのときには、まったく新聞記事にはなりませんでしたからね。(笑い)

 私たちはこれまでも、日本共産党と日本社会との関係がいま大きく変わってきているといってきましたけれど、そのことの一つの表れだと思いますよ。

党を理解する障害にも…

大内田 私自身も、前文がなくなるほど大きく変わった案をみて、「規約」がこんなにも読みやすくなるものかと驚きました。でも、なかには、「八方ふさがりの活路を求めて」とか、「党勢が伸びないから」といった報道もありますから、何のための抜本的な改定なのか、そこからお話しください。

不破 党の規約というものは、もともと、党の組織のあり方と運営、それから党員が、たがいに守るルール、そういうものをきちんと書くものなんです。ところが、現行の規約には、「前文」というものがあって、ルールを書いたところへゆくまでが大変長かったんですね。このことが、党を理解してもらううえで、むしろ障害になるということを前から感じていたんです.

 今度の中央委員会での報告は、全国的にもCS通信でずいぶんたくさんの方に聞いてもらいました。その感想には、“今まで説明しにくくて困っていたことが、これで全部解消された”といった歓迎の声がたいへん多くありました。なかには、入党をすすめたあと、「朝までに読んでおいてください」といって綱領と規約を置いて帰り、翌日、その人にあったら「とてもこんな恐れおおいところに、入る資格がないと思う」といわれて(笑い)、また説得にあたった、という話もありました。

 まあ、四十二年、この規約をもって活動してきたわけですから、「前文」をなくすというと、ここに愛着があってね、という方もいると思いますが、いまの規約の「前文」には、党の綱領圧縮版といった部分もある、組織論の解説という部分もある、さらに修養論というか党員心得というか、そういう部分もある、いろいろな要素が混合したかたちで入っていたんです。

 今回の改定案は、そういうものを思い切ってなくして、党のあり方と党員がたがいにまもるルールという、規約の本来の内容がすっきり分かるものにしようとしたわけです。

わかりやすさが基準です

大内田 それは、同時に、多くの国民のみなさんに読んでわかってもらうという視点での改定につながっているわけですね。

不破 そうです。これは、党の発展段階を考えてのことなんですよ。なんといっても、いまの規約の原形ができたのは、さっきもいったように、四十二年前、一九五八年の第七回党大会でした。綱領は、その次の第八回党大会(一九六一年)で決まりました。当時は、党が「五〇年間題」という党の分裂の時期をのりこえたときで、党内で議論をつくしながら、党の政治方針の基本である綱領をどうするのか、党のルールである規約をどうつくるのか、党内での意思統一をきちんとすることが、最大の問題だったんです。

 私は党の中央にいませんでしたが、おそらくそのときには、規約や綱領を何千万の国民に読んでもらったらどう受け取られるかということは、ほとんど議論の念頭になかったと思います。選挙の実績でも、当時は、六十万から百万票と少し、という支持を得ていた時代でした。

 いま私たちは、七百万、八百万を超える支待を現に得てきたし、党の活動は、何千万という人たち、さらには国民全体を対象にして活動する、という時代を迎えています。そういうときに、規約を、それを通じて日本共産党という政党をもっともっと広い人びとにわかってもらえるよう、それに、ふさわしい言葉と文章で書くということは、本当に大事になっているんですね。内容の正確さはもちろんですが、国民だれにでもわかってもらえるということも大事な基準になるわけで、今度の改定の大きなねらいの一つは、その点にありました。

大内田 そういうことを、いつごろから考えていたのですか。

不破 一年くらい前、来年は党大会だというときから考えてきました。本格的な準備にとりかかったのは、総選挙のあとになりましたが、組織の面を担当している人たちには、いろいろと研究や調査をやってもらっていました。だいたい成案をまとめられる見通しがついたところで、七月の六中総に提案して、大会の議題にすることを決めたわけです。こういうことは、“選挙で後退した、さあ、それでは”という即席ではやれない性質のものですからね。

 大会の議題と正式に決まったあとは、常任幹部会のなかに小委員会をつくリ、そこで検討して仕上げたものを、常幹に提案し、そこでも何回も討論をかさねて最終案をまとめたのです。

「前衛」で表した中身は…

大内田 規約のなかから「前衛政党」「社会主義革命」という言葉がなくなりましたね。「さみしい」「骨がなくなっちゃうんでは」という声も寄せられていると聞きましたが。

不破 この二つの言葉は、それぞれ性格の違う話なんですよ。

 まず、「社会主義革命」。規約のうえでは、この言葉がなくなっています。これは、綱領にあたる部分はやめるという考えで、前文とともになくなったということです。考え方そのものは、今度の改定案で、新しく設けた第二条・党の性格の部分に、党は「終局の目標として、人間による人間の搾取もなく、抑圧も戦争もない、真に平等で自由な人間関係からなる共同社会をめざす」とはっきり書いてあります。この共同社会こそが、社会主義、共産主義の目標であって、核心をなすその内容をずばり表現したものです。

大内田 そうですね。

不破 もう一つの「前衛政党」という言葉は、今度の改定案をつくるさいに、いちばん考えた問題でした。私たちはこれまでも、自分を「前衛政党」と呼んだからといって、日本共産党が日本の社会のなかで特別の権限をもった存在で、「前衛」だから国民に号令しますとか、「前衛」が決めたことには国民が従うべきだとか、そんなことを考えたことはまったくありません。

 では、「前衛」という言葉で表してきた中身はなにか。七中総での報告で説明したことですが、実践的には正義の立場をどんな困難にも負けないでつらぬく“不屈性”、またそのときどきの状況だけでなく先の先まで見通して問題の解決にあたる“先見性”、つきるところはこの二つなんですね。その内容を、素直な言葉で表現しようということで、「前衛」という言葉はやめたんです。

 「前衛政党」という言葉は、身内のあいだでは、そうだ、そうだと言って済むんですよ。だけど、社会全体のなかでは、誤解を生みがちです。最近もマスコミの記者さんにいったのですが、「私が“前衛”で、あなたは“後衛”だよ」(笑い)なんて話は、社会全体の場では通用しない。いくらこの言葉はこういう意味で使っていますと説明してもね。そういう意味で、誤解されやすいこの言葉を使わないで、党の性格として特質づけたいことを、中身できっちり表現することにしたのです。

 ですから、今度の改定案では、私たちがこれまで「前衛政党」と意義づけてきたかんじんの中身――党の“不屈性”と“先見性”は、きちんと骨太く規約第二条に表現されている、と思っています。先輩たちが、戦前の暗黒の時代に民主主義と平和をめざして命がけできずいてきた歴史も、まさに正義のための“不屈性”と新しい時代を展望する“先見性”とを、なによりの特徴とする歴史でしたから。

 くりかえしになりますが、こんどの改定案で、規約と綱領の関係を整理して「社会主義革命」の言葉をなくしたことと、「前衛政党」という言葉を書き換えたことは、ことがらの性質が違うんですね。

 マスコミでは、そこを誤解しての報道が結構ありました。「階級闘争」の言葉が消えたから階級闘争はもう捨てたのだとか、早のみ込みで書いちゃってね、と頭をかいた記者さんもいましたよ。(笑い)

国民に開かれた党だから

大内田 第二条の「党の性格」のところに労働者階級の党というだけでなくて、日本国民の党だという言葉がくわわりましたね。受けとる側からすれば、国民に開かれたという感じがすごくしました。

不破 「労働者階級の党」も古い歴史をもつ言葉ですが、もともと、日本共産党が労働者だけの政党だという意味ではないんですね。マルクス以来の社会主義の理論で、新しい社会――資本主義をのりこえた搾取なき社会をつくるとき、社会のなかでこの仕事をする主力をなすのは労働者階級だ、ここに、労働者階級の歴史的使命があるということが、明らかにされた。「労働者階級の党」とは、そのことを受けた言葉で、新しい社会をつくるこの使命をみずからの目的としている政党という意味なんです。

 私は商工業者出身だから、農民出身だから、あるいは知識人出身だからといって、肩身のせまい思いをするような政党ではないのです。日本共産党の門戸は、日本社会の進歩をめざすすべての人びとに開かれています。そのことを素直に表現したのです。なにか労働組合の「政党版」みたいに思われても困りますから(笑い)。だいたい、私たちの信条は「国民が主人公」ですし、また「多数者革命」というときも、国民の多数者の支持をめざすわけですから、この党が“国民に開かれた党”だということは、当たり前のことなんですね。

大内田 改定案の「党員の権利と義務」(第二章第五条)の最初に、「市民道徳と社会的道義をまもり、社会にたいする責任をはたす」がかかげられています。ここにも、「国民の党」としての意気込みが出ていると思うのですが。

不破 ええ。いまの日本社会の現状を見ますと、この面でも、日本共産党が国民の信頼や共感をえる党にならないと、「日本改革」の党としての役割をはたせないことを、いよいよ痛感しています。だいたい、私たちの党に寄せられている信頼や共感の根底には、金権政治に無縁だとか、国民の要求に誠実にこたえるとか、政治的、社会的な道義的な面での信頼が大きくあるんですね。

 だから、今度、これを、党活動の全体の流れのなかのわき役的な話としてではなく、社会にたいする党の基本的な責任の問題、党の活動の中心にかかわる問題として、党員の権利と義務の第一番目にズバッとすえるように、思い切って改定したのです。

 市民道徳の問題は、子どもたちの教育のあり方として、私たちが以前からずっと力をいれてきたことなんです。七〇年代には、「共産党まで道徳教育をいうとはけしからん」と日教組や社会党から無体な攻撃をうけて、大論争をしたこともありましたが、これは社会がなりたつ根本にかかわることですからね。

 三年前の第二十一回党大会では、子どもたちの教育にかかわる提案として、市民道徳の十項目(別項)を提起しました。社会の健全な発展、成り立ちを考えたら、こういうことがどうしても大事になるという気持ちで提案したものですが、読んでもらった人たちからは、広く共感が寄せられています。

 これは、子どもたちに限られたことではなく、おとなの世界で必要なことだし、すべての党員がその先頭にたつ必要がある、そしてそれが、党の民主的な健全な気風の地盤ともなります。党には、もちろん、「党の統一と団結をまもる」とか、党の独自の倫理がありますが、市民道徳や社会的道義ということをぬきにしては、社会への責任ははたせないんですね。

市民道徳の10項目

  • 人間の生命、たがいの人格と権利を尊重し、みんなのことを考える。
  • 真実と正義を愛する心と、いっさいの暴力、うそやごまかしを許さない勇気をもつ。
  • 社会の生産をささえる勤労の重要な意義を身につけ、勤労する人を尊敬する。
  • みんなの協力を大事にしながら、自分の責任は自分ではたす自立心を養う。
  • 親、きょうだいや友人、隣人へのあたたかい愛情を育てる。
  • 民主的市民(生活)に不可欠な公衆道徳を身につける。
  • 男女同権と両性の正しいモラルの基礎を理解する。
  • 次代をになう主権者としての自覚をたかめる。
  • 侵略戦争や暴力の賛美でなく、真の平和を愛好する。
  • 他国を敵視したり、他民族をべっ視するのではなく、真の愛国心と諸民族友好の精神をつちかう。

民主集中制は政党のルール

大内田 いろいろ変わってオープンになっているけれど、「民主集中制」が残ったから、本質は変わらない、という議論がマスコミなどにありますね。

不破 民主集中制という言葉は、「悪いもの」というぬれぎぬをずいぶん着せられてきたんです(笑い)。批判する人に、どこが悪いのか聞くと、なかなか答えが出てこない、こんなことがしょっちゅうありますよ。

 実際には、民主集中制というのは、政党が政党らしい働きをしようと思ったら、まったく当たり前のルールだと、私たちは思っています。

大内田 それを今度、五つの柱に整理しましたね。

不破 第一の柱は、「党の意思決定は、民主的な議論をつくし、最終的には多数決で決める」です。この「民主的な議論をつくす」が大事で、最後は「多数決」で決める。多数決というからには、少数意見が出ることも予想しているわけですが、それをどう扱うかで大事なことは、第五項にある「意見がちがうことによって、組織的な排除をおこなってはならない」です。本文では、意見の違う場合にどうやるかのルールを念入りに決めています。

 第二項は、「決定されたことは、みんなでその実行にあたる。行動の統一は、国民にたいする公党としての責任である」。党の政策や方針が決まったのに、一人ひとりがばらばらな態度をとったのでは、国民の前で政党として統一的な責任がはたせませんからね。

 第三項は「すべての指導機関は、選挙によってつくられる」。

 第四項は「党内に派閥・分派はつくらない」。これは、自民党あたりからうらやましがられたこともあるんですよ。あの党は、「派閥解消」を何十年もいいながら、どうしても派閥をなくせないでいますからね。

 第五項はさっき紹介しましたが、こういうルールは、統一ある政党として国民に責任をはたしてゆくための最小限の決まりなんです。

地方党組織の“自治”も…

大内田 この点で、内容的にここが変わったという点はありますか。

不破 一つは、これまでの規約にあった無理な規定をあらためたことです。たとえば、前文や本文の規定のなかに、上級が決めたことは、無条件に実行するのが民主集中制だといった表現があったんですよ。これは、規約が実際に決めている内容とは違った、かなり乱暴な表現でした。

 現行の規約でも、たとえば、中央委員会が決めたことでも、地区や支部でそれが実情にあわないと考えたら、中央に再検討を求める権利が保障されています。それでもう一度議論をしなおして、再度きまったら、意見を保留しながら、実行にあたる。そういうルールを具体的にはていねいに決めているのに、民主集中制を総括的に表現するとき、「無条件実行」がそもそもの建前であるかのように強調したら、党の内外で大きな誤解を生むことになります。だから、こういう点はよく注意してあらためました。

 私たちの活動というのは、けっして一方通行ではないのです。七中総でも紹介したことですが、いま東京の狛江市で共産党員の矢野さんが市長をつとめており、この七月の選挙で再選されて二期日の共産党員市長として注目されています。この矢野さんはその前は市議をやっていて、四年前に市議をやめて市長選に立候補をするということを現地の党組織がきめたとき、党中央の関係部門は猛烈に反対して(笑い)、現地に何度も説得にいったんです。逆に説得されてしまい、そのころ私たちも経過の報告を聞いて、立候補を認めたものでした。このときは、現地の意見がまさに正解だったわけですね。

大内田 当時から、矢野さん以外にないという声が、市民のなかでわきあがっていたんですね。

不破 「循環型」という言葉でよくいうんですが、「一方通行」でなく「循環型」の関係が豊かに発展してこそ、草の根で国民と結びついた党の生きた前進があるんですね。

 その「循環型」の関係がもっとはっきりするように、規約の中身を具体的に変えたところもずいぶんあるんです。

 一つは、支部の位置づけです。「支部が主役」ということは、いま党活動の大きな合言葉になっていますが、支部のそういう役目が規約のうえで明確になるように、支部にかかわる規定を充実させました。

 それから、地方的な問題は、地方の党組織が自主的に決めるということを、改定案では「自治」という言葉も使って強調しました。具体的にも、これまでは地方の役員人事は上級機関が承認してはじめて確定することになっていたのを、地方が決定したら即確定というルールにあらためたとか、「自治」の精神をより生かすように、実際の規定も前向きに改定しました。

大内田 地方組織にとって歓迎される改定だと思いました。

不破 責任が大きくなってたいへんだという声もありましたけど。(笑い)


綱領改定は次の“宿題”――国民との交流・対話のために

大内田 役員に選挙される資格要件を、一律に、党歴二年以上」と変えたのも、思い切った改定ですね。若い人たちの力を信じるというか。

若い人の力を生かします

不破 いままでは、中央委員の場合は党歴八年以上、都道府県委員は六年以上、地区委員は四年以上と、区別があったんですね。今回は、まずその区別を全部取り払って資格要件は、どの段階の役員でも一律ということにしたのです。そして、その一律の資格を二年以上にしました。これから若い人たちを大いに党に迎え入れようとしているわけですから、そういう人たちが、力があるのに党歴の制限でしかるべき仕事ができない、といったことが起きたのでは困ります。この二つの面から考えて、思い切った改定を提案しました。

大内田 これからの党の発展にとって、すごく合理的だと思いました。

 名誉役員の制度の改定もされましたね。

不破 名誉役員の制度は、二十数年前にもうけた制度でした。戦前は、弾圧と逮捕で役員がおのずから入れ代わるという形で、人事の交代がすすんだものですが、戦後は、状況がまったく変わった。役員が高齢化してもがんばるのが当たり前だというのが、党の一般的な気風だった時代もありました。それでは、現実にあわないということで、いわば役員の交代を制度化する意味もあって、この制度をつくったのです。しかし、それが二十年をこえて続きますと、いろいろな不合理さも起きてきます。前の大会の時点で、現役の役員の数よりも名誉役員の人の数が多くなったというのも、その一つでした。

 今回の改定では、(イ)名誉議長・名誉幹部会委員・顧問という区別をとりはらって、「名誉役員」の名称一本にする、(ロ)あらためて名誉役員を推薦する資格要件を設ける(中央委員会に入って二十年以上)の二つをおこなうことにしました。二番日の改定は、規約上ではなく、実施規定の問題ですが。

 これは、みなさんの資格にかかわることですから、七中総の前に、名誉役員で出てこられる方がたに集まってもらって、事前の説明をしました。みなさん、快く受け入れていただいて、そこは、日本共産党だと思いました。

大内田 そういう心配りも本当にいいですね。

不破 それから規約では、こんど、「しんぶん赤旗」の位置づけをきちんとしたんですよ。これまでは、編集委員会を幹部会が任命するとか、党員の義務に機関紙を読むことを入れるとか、そういう規定はあったのですが、「しんぶん赤旗」のそもそもの位置づけの規定がなかったのです。今度の改定案は、第二十一条、中央委員会の任務のところに、「対外的に党を代表し、全党を指導する」に続けて、「中央機関紙を発行する」任務を明記しました。これは、その機関紙の編集部として、大いに注目してください。

大内田 ありがとうございます。

内容の正確さには確信が

大内田 さて、規約に続いて、綱領の改定も、という話が出ていますが……。

不破 国民だれにでも読んでもらえ、それで党をわかってもらえる、という基準での改定は、規約だけではなく、綱領でも求められていることだと思います。そこで、中央委員会総会では、討論の結語で、そういう方向での綱領の改定を、次の宿題にしようという話をして、みんなの了解をえました。

 そういうと、マスコミでは、“綱領の中身が変わるのか”と書きたてる向きも出てくるんですが、これも早のみ込みの一つなんですね。

 規約は四十二年間、個々の改定以外はほとんど手つかずでしたから、「前衛政党」の表現など理論問題も結構あったのですが、綱領は、六年前にかなり大幅な改定をやって現代的なものになっています。私たちは、綱領の内容的な正確さには、確信をもっています。

 選挙戦のなかで、“批判派”から問題にされたのは、(1)社会主義、(2)日米安保条約、(3)天皇制、この三つの問題が中心だったでしょう。二十一世紀を前にしたいま、私たちが、この三つの点で、綱領の内容に確信をもっていることは、規約改定案とあわせて大会に提案する「決議案」で詳しく解明されています。情勢はむしろ、綱領の路線の的確さをいよいよ裏付ける形ですすんでいますから、ここには、改定が必要になる問題点はないのですね。

 ただ、内容的に正確なものであっても、国民のだれでもがわかる形で、そういう文章と言葉で表現されているか、この基準からいうと、やはり問題があります。このごろは、テレビなどでも、綱領の一行一行をもちだしてきて、「これで一般の人にわかると思うか」、私は「社会科学の言葉で書いているから」と説明してきたのですが(笑い)。国民との交流・対話をもっともっと広く発展させるためには、そこにとどまらないで、社会科学的な正確さと国民にたいするわかりやすさを統一する大仕事にとりくむ必要があります。

 こんど規約でやったことは、その方向での一つの難関の“突破”なんです。そういう難関“突破”を、綱領についてもやる必要があると考えています。


自衛隊の段階的解消 憲法9条の完全実施へ

大内田 国民に語りかける「綱領」……楽しみですね。

 今回注目されたもう一つが、大会決議案の憲法第九条と自衛隊についての部分です。これも、「共産党らしい骨がなくなるんじゃないか」と騒がれたりもしていますが。

不破 まったく反対の話ですね。

 第一、いま日本の政党のなかで、憲法第九条を全面的に擁護する立場にたっている政党は、日本共産党だけなんです。社会党、いまの社民党は、村山内閣のときに、「自衛隊合憲」論に変わってしまいましたから。

 憲法第九条は、国権の発動あるいは国際紛争解決の手段として武力の行使や武力による威嚇はやらないという「戦争放棄」条項と、戦力を保持しない、つまり常備軍はもたないという「戦力不保持」条項と、この二つの部分からなりたっています。私たちは、解釈の変更でごまかすのではなく、この二つの部分をきちんと守る、党としてその立場に立つだけでなく、この第九条が全面的に実施される日本をめざそうという全面的な護憲論で、その立場をつらぬいているのが、「決議案」の特徴ですよ。

 いま問題になっている「改憲論」というのは、自衛隊を容認するだけでなく、「戦争放棄」条項までなくして、海外派兵を合法化しようというものですから、自衛隊にたいする見方がどうあろうと、この改憲に反対する一点で護憲勢力の大同団結をはかることが当面の大きな課題になっています。そのたたかいに力をいれながら、さらにすすんで憲法の完全実施される日本をめざそうというのが、二十一世紀にむかう私たちの展望なんです。

 そして、そこでいまたいへん大事なことは、二十一世紀を迎える世界の情勢、とくにアジアの情勢が、憲法第九条の完全実施にすすむための国際的基盤をつくる方向にすすんでいる、ということなんですよ。

アジアの平和の流れの中で

大内田 「決議案」は、アジア情勢について、ずいぶん突っ込んだ分析をしていますね。

不破 憲法に反対する議論でよく言われる話に、「万が一だれかが攻めてきたら」という議論があるのですが、安全保障の問題で、こういう抽象的な議論をもっぱらやっているという国は、世界ではどこにもないでしょうね。安全保障というのは、まわりの国ぐにとの関係で具体的に議論されるものですから。

 日本のまわりを見ますと、日本はアジア大陸に接する列島ですから、まわりの国ぐにとの国際関係は、ある意味では、非常に単純なんです。

 アメリカ、朝鮮半島、中国、東南アジア、そしてロシア。この五つの方面が日本が対応を考えるべき主な国際関係です。日本がアメリカの前線基地となっている現状では、アメリカの軍事行動のいかんで、日本は戦争にまきこまれる危険にいつもさらされていますが、安保条約をなくして、日本が非同盟・中立の道をすすみだした場合には、いまあげた五つの方面と安定した平和関係を築くことができれば、非同盟・中立の日本の国際的な地位を、盤石の地盤をもってかためることができます。

 こんどの「決議案」は、非同盟・中立の日本という展望も頭におきながら、日本がこれらの方面と平和的な関係をきずくうえで、どんな積極外交をおこなうペきかについて、ずいぶん詳しく書いているでしょう。

大内田 そうですね。

不破 こういう外交活動で、日本がアジアの平和の流れの先頭にたちながら、アジアの平和に積極的に貢献してゆくこと、これが大事なんですね。憲法第九条の完全実施のための国際的基盤というのは、受け身でそれができるのを待つことではなく、日本自身が、アジア各国と協力した積極外交によって、みずからつくりあげてゆくものなんですよ。

 そのなかでは、さきほどあげた五つの方面で、相互不可侵の友好関係、日本の非同盟・中立の立場を尊重する国際関係を結び、それに対応する条約をつくってゆくなどの仕事も、大きな内容になってくるでしょう。

大内田 自衛隊の段階的解消論も、そういう流れのなかで打ち出されているわけですね。

不破 そうなんです。憲法第九条で決まっていることと、世界でも有数の軍隊となった自衛隊が存在している現実との矛盾は、非常に大きいものです。この矛盾を解決する道は、できてしまった現実にあわせて、憲法を変える道か、憲法にあわせて憲法違反の現実を変えてゆくか、二つに一つの道しかありません。私たちは、もちろん、あとの方の道をとるものです。

 しかし、憲法にあわせて現実を変える仕事は、短時間で、一挙にできることではありません。憲法は、世界でもさきがけて「常備軍をもたない」国をめざしていますが、この憲法を完全に実施できるためには、一つには、日本が安心してそこまで進めるように、アジアの平和秩序づくりを進めることが必要ですし、もう一つの、しかも決定的な条件となるのは、アジアの平和情勢を背景にしながら、憲法完全実施にすすもうという日本国民の意思と合意が成熟することです。

 それには、一歩一歩そこへすすんでゆくかなりの時間が必要です。ですから、「決議案」は、(1)憲法改悪に反対する現在の段階、(2)国民の合意で日米安保条約をなくした段階、(3)自衛隊の解消に本格的に取り組む段階という三つの段階を考えて、自衛隊問題に取り組む段階的な方針と展望をしめしたのです。第三の段階は、いまいったように、アジアの平和情勢の成熟と国民の合意の成熟を見定めたうえで、はじめて取り組める問題ですね。

 これは、どのぐらいの時間のかかる仕事か。これは簡単にいえることではないんですね。憲法第九条をもった日本が存立してゆけるそういうアジア、そういう世界をつくってゆくこと、そしてそのことを背景にしながら、国民の合意がどう熟してゆくか、これは、一政党が、何年だ、何十年だと計算できることではないですからね。しかし、その方向は、二十一世紀の世界で、すばらしい力で働いてくると思いますね。

21世紀は楽しみですね

大内田 「決議案」を読むと、そうした流れがとうとうと感じられて元気が出ます。また、「決議案」第三章の二十世紀論と、二十一世紀と社会主義を論じた第八章は、本当に展望がひらけてくるもので、多くの人たちに読んでいただきたいた思っています。

不破 昨年来、マスコミがしきりに二十世紀論を書きましたが、どれも暗いんです。どんなに暗い世紀だったのか、二つの世界大戦があった、ファシズムがあった、ソ連の崩壊があった、という具合です。ある新聞社の編集局長さんと懇談したとき、二十世紀は、民主主義、民族独立など多くの問題で、これだけの進歩のあった世紀だった、人類の歴史のなかでもその進歩の規模と速さは前例のないものだといったら、「なるほど、そうか」とうなずきながら、驚きの声をあげていました。もちろん、多くの暗い面をもったが、それを乗り越えながら、これだけの進歩的な変化、人類史的な変化をおこした。その成果をふまえて迎える二十一世紀ですから、なかなか楽しみな世紀だと思いますね。


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