2005年5月27日(金)「しんぶん赤旗」
破たんのSACO路線に固執 自民・公明
基地無条件撤去で大同団結を
市議選めざし那覇で演説会 志位委員長が訴え
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二十六日、日本共産党の志位和夫委員長を迎えて、七月十日投票の沖縄県那覇市議選にむけた演説会が那覇市民会館で開かれ、約千百人が参加しました。志位氏は演説のなかで、市議選を「『基地のない沖縄』をめざす県民のたたかいが、重大な局面を迎えているもとで、その行方を左右する重大な選挙」と位置付け、沖縄の基地問題の現状と党の立場を語りました。
志位氏は「一昨年来、沖縄の潮の流れが変わり始めた」として、宜野湾市長選挙(二〇〇三年)の勝利、参院選での革新統一候補の勝利(〇四年)、ヘリ墜落事故にさいしての三万人の市民大会(〇四年)、二万四千人が参加して普天間基地を包囲した「人間の鎖」の大成功(〇五年)など、「基地のない沖縄」をめざす県民運動の高まりを指摘。みずからも参加した「人間の鎖」のとりくみをつうじて、(1)もう米軍の横暴勝手には、一刻の我慢もできないこと(2)SACO路線=米軍基地のたらい回し路線の破たんが明りょうになるなかで、米軍基地の無条件撤去が、県民世論の総意になっていることを実感したとのべました。
そのうえで志位氏は、「SACO路線への態度は、その党が『基地のない沖縄』をどれだけ真剣にもとめているかをはかる最大の試金石となっている」とのべ、二十五日に、県議会与党(自民・公明の各派)が、知事に対しておこなった「要請」のなかで、県民の声におされて「基地の県外移転」「国外移転」などをいわざるをえなくなったことを、「辺野古移設一点ばりのこれまでの立場が破たんしたことを示すもの」と指摘。同時に、同「要請」のなかで「SACO合意の堅持」と県内たらい回し路線になお固執し、辺野古沖への基地移設を容認する立場を変えていないことを、「ぼろぼろになった旗にしがみつくもの」と強く批判しました。
志位氏は、日本共産党は、SACO合意が結ばれた当初から、そのたくらみを見抜いてきびしく反対をつらぬき、たらい回しではなく撤去を一貫して求め、日米政府の交渉頼みではなく沖縄県民が団結してたたかって前途をひらくことをよびかけ、ともにたたかい続けてきた党であることを力説。それがいま県民の圧倒的多数の声になっていること、この党を大きくすることが、「基地のない沖縄」へのたしかな力になることを心をこめて訴えました。