日本共産党

2004年11月15日(月)「しんぶん赤旗」

ゆうPress

プロボクサー小林秀一さんと新潟取材の本紙記者が語る

震災と青年


 新潟県中越地震を支援する運動が、青年の間でもさまざまな形で広がっています。「お悩みHunter」の回答者の一人で、豆腐屋の家業を継いでいるプロボクサーの小林秀一さん=第四十一代日本ウエルター級チャンピオン=(30)は、つくりたての豆腐とがんもどきを九日、被災地の川口町に送り届けました。二十二、二十三日には、青年ボランティアとして被災地に入る予定です。青年たちは、大震災をどのように受けとめているのか、地震直後から現地で取材にあたった藤川良太記者(24)と本吉真希記者(31)が小林さんを訪ね、語り合いました。

ぼくにできることは豆腐 小林

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被災地にも送った豆腐「久間吉(くまきち)」を手にする小林さん

 本吉 小林さんの手づくりの豆腐とがんもどきは、すごく喜ばれたそうですよ。被災地では、つくりたての豆腐なんて食べられないでしょう。「あんなおいしい豆腐を食べたのは初めて」「元気がでた」と大喜びだったそうです。

 小林 そういっていただけると、うれしいですね。

 藤川 おじいさんが小千谷市の出身だそうですね。

 小林 そうなんです。祖父は、私が小学校に入ったころ亡くなったので、あまり記憶にないんですが、四代目の私が作っている豆腐の名前が「久間吉(くまちき)」といって祖父の名前なんですね。

 本吉藤川 そうなんですか。

 小林 メッセージにも祖父のことを書いたんです。祖父の出身の田舎でもありますから、やはり心配ですね。震災の大変さは、毎日のニュースや救援活動にいった人たちから聞いていましたが、なかなか新潟へは行けないですから。

 新潟へボランティアで入った友達が、「救援センターへ励ましのメッセージを送ってよ」って言うんですね。それで何ができるかって考えたら、ぼくの場合、豆腐ですよね。それで豆腐百丁とがんもどき百個を、東京・文京区の小竹ひろ子さん(日本共産党都議候補)に届けてもらったわけです。

 藤川 作るのが大変だったんじゃないですか?

 小林 従業員のみんなにも、被災地のみなさんに送ることを話しました。みんなで「がんばってください」という思いを込め、その日の朝のうちにつくりました。がんもどきは、おふくろが作るんですけど、あまり大きいとみんなに行き渡らないので、中くらいの大きさにつくりました。喜んでもらってうれしいですね。

「食事した?」と被災者が 藤川

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新潟県中越地震について話す小林さん(中央)と藤川(右)、本吉両記者=東京・文京区の自宅で

 藤川 ぼくは、地震が起きた翌日に十日町市にはいったんですが、震度5や4を何度も経験しました。二十四年間生きてきて、地震にあった回数よりも新潟での方が多いんです。もう、起きるたびにドキッとしますよね。外へ逃げるべきか、部屋の中が安全かってとっさに考えなきゃいけない。車で通った道が、一時間後には土砂崩れで埋まってしまうことも経験して、驚きました。

 小林 現地の人たちのほんとうの様子は、テレビではわからないですよね。

 本吉 私は地震後一週間ほど過ぎてから現地に入りました。入る前、震災にあった人たちはきっとめいってるだろうな、と思ったんです。ところが、千葉県の農民連が救援物資を届けるときに取材で同行したんですけど、「笑ってなきゃやってられない」といって、負けてない。すごいパワーなんです。農民連の人たちも「たくましいなー」って驚いてました。それから、みんな親切で、取材で伺うとお茶まで出してくれるんです。

 藤川 取材にいくと、避難している人たちが「お昼は食べたのか」って聞くんですね。

すごく人間味のある地域 本吉

 本吉 そうなんですよ。私もリュックを背負って避難所へ取材に行くと、「お昼食べたのか」と聞かれて「記者です」って答えるんですけど、恥ずかしかったです(笑い)。ほんと、知らない人でも声をかけてくれるし、「ここはほんとに被災地なのか」なんて思うくらい、人間味がある所ですね。

 小林 東京じゃ、あまりないかもしれないですね。

 藤川 豪雪地帯ですから、みんなが助け合わないと生活できないんですね。お年寄りだけだと、若い人たちが雪下ろしにきたり。お年寄りの方も、自分たちが作った白菜を近所に振る舞うとかですね。助け合いがものすごくある地域なんだと思いますね。

 本吉 避難所では、「地域の人がいるから安心していられる」という声も聞きましたね。

 小林 みんな知りあいなんでしょうね。

 藤川 二百人くらいいる長岡市の地域では、みんなの名前や年齢まで知り合っているというんですね。

 小林 そういう意味では、震災で大変でもみんなで復興していくという力が、これから発揮されていくんじゃないでしょうかね。(次週につづく)


わかものCom

夢は逃げない

泰輝 33歳 大阪府

 八日付の「お悩み…」で、義家さんが「大学受験に自信ない」という高校生の相談にのっていました。義家さんの「その大学で何を学びたいか。それを明確に持つこと」という言葉に重みを感じました。そして、義家さんの話に度々出てくる「夢は決して逃げていかない。自分が夢から逃げていくのだ」という言葉にも重みを感じます。

 義家さんの言葉は、ズシンと胸に響きますね。(アキラ)

心が洗われた

I・K 北海道

 先日、原水禁世界大会に参加した十七歳の高校生(男子)の報告を聞きました。何も知らないで参加し、とてもいい経験をしたこと、二度と戦争の起きない国にするよう、一人でも多くの人に伝えたいと、ほんとうに純粋な素直な気持ちで、見たまま感じたままを話していました。久しぶりに心が洗われるような気持ちでした。わが町にこんな有望な高校生がいることを誇りに思いました。

 高校生の純粋な気持ちが伝わってきます。うれしいですね。(アキラ)


お悩みHunter

自分を変えられるのは自分

仕事で彼氏と会えずいまの自分に不安も

 彼氏とは、お互い夜遅くまでの仕事でデートの時間が作れません。うまくとれても深夜から朝方で、疲れてしまいます。最近このままでいいのだろうか、と思います。というのも彼との付き合いが「遊び」という感じがあるからです。「結婚」は考えていません。今の自分に不安があります。

 (美容師、26歳。神奈川県)

 あなたは疲れているみたいですね。そして、文面を見ると、今の自分にも将来にも不安を感じているようです。自分に自信がないのかなという印象をうけます。

 どんなに一生懸命仕事をしても、恋愛にたいしても「このままでいいの?」と自分にOKを出せない。自分を好きになれないと、他人にも好かれていると思えないのです。

 遊びのつきあいがあってもいい。でも、そこから深いつきあいに踏み込んでいけないのは、そんな自分への不全感があるからではないでしょうか。彼とのつきあいでも、遊びのように見えて、何か味わいがあるかもしれない。足もとにあるものを大事にしてみてください。

 好きだった仕事であっても、仕事に振り回されて疲れすぎているのなら、休みをとったり、自分の時間をとったり、自分を大事にする方向で生活を変えてみましょう。自分があっての仕事なのです。

 いつもの生活パターンからはなれた時間をもつと、周りが違って見えることもあります。

 あなたはまだ若いのです。自分を変えられるのは自分です。不安を原動力に、小さなことから行動することで、大きな変化になることもあります。考えていても感じ方は変わりません。行動を変えることで、少しでも自分を変えられることを実感してみてください。


精神科医 上村 順子さん

 山口大学医学部卒。代々木病院、松沢病院などで勤務。99年からめだかメンタルクリニック院長。



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